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一日の仕事が終わり、帰ろうと荷物をまとめると、スマホに着信があった。
山里先輩、すみません。今日の夜お時間ありますか?
連絡は後輩の一ノ瀬からだった。特に予定はないが、家で食べるために作り置きが準備しているため、宅飲みを提案した。
同じフロアにいるのかと思い、スマホから顔を上げるがその姿は見当たらない。連絡をしてくるということはあちらがわも仕事は終わっているのだろうと思い、電話をかける。
「お疲れ様です。いきなり連絡してしまいすみません。」
開口一番に聞こえた一ノ瀬の声はどうにも、いつもの元気がないように聞こえた。きっと何か悩み事でもあるのだろう、ならばやっぱり外で食べるよりも家でゆっくり話を聞いてあげたほうがいいと思った。
「大丈夫。今日、私の家でもいいかな?作り置きがいっぱいあって、外で食べるの減らしてたんだ。」
「そうなんですか。私は全然構いませんが、逆にいいんですか?」
何が逆なのかわからないけど、とりあえずお酒だけ買い足して一緒に家に行くことになった。
どうも一ノ瀬です。明日私は山本先輩に消されるかもしれませんね。でも、いつまでも手を出さない先輩が悪いですから。
明日、先輩の家で手料理を食べたと言った後の先輩の顔が楽しみです。
今、左側を歩いている山里先輩は、私が買いますからと言って買った少し高めのお酒を見ながら嬉しそうに歩いている。
これだからあんなのに捕まるんだろうな。
「先輩、そのお酒お好きなんですか?」
「あー、高くてさあんまり買えないから、ちょっと浮かれてたかも。恥ずかしいな。」
あー、照れてるの可愛い。逆に私がもらうか。いっそのこと。そんな勇気も覚悟もない私には何もできないけど。
結構早くついた先輩のお家は、ざっくりと片付けられているって感じで会社のデスクの状態から想像できる通りだった。
「あ、料理出すの手伝います。」
違和感なく、先輩とキッチンに並ぶ。素敵な嫁になりそうだな。家庭的で家事もできるのに、仕事もできる。それだけでなく、少し天然ってのがずるいよな。可愛い。
「ありがとう。お皿はね、そこら辺にあるはずなんだけど。ありそう?」
指さされた先は、下の棚で開けてみるとただ重ねただけの食器たちがあった。確かにお皿はありますね。でも、どれが必要なのか言ってほしかったですね。
「どれくらいの大きさがいいですかね。」
「あー、タッパ一つ分くらいが入ると嬉しいんだけど。あるかな?」
分からない。冷蔵庫から出している先輩とは背中合わせ、タッパのサイズなど分からない。一度立って、先輩の横から冷蔵庫を見ると多分三人前くらい入ってるタッパがあった。
「先輩、多分それ二人では食べ切れないと思いますので、小さめのお皿出しておきますね。」
「そっか。ありがとう。」
そこから三品ほど皿に出し、お酒とグラスも並べる。先輩の家はテレビの前にちゃぶ台みたいなのがあって、床に座るタイプだった。だから、今私と先輩は隣同士で座っている。
先輩いい匂いするな。仕事中はこんなに近くにいることないから、新鮮でいいな。
「それじゃあ、食べようか。」
「はい。」
それぞれのグラスにお酒を注ぎ、乾杯の音頭をもらって飲み始める。お金をかけたかいがあるほどに、先輩はとても美味しそうに飲んでくれた。
「ありがとうございます。ご馳走様です。」
まだ、食べてないのに何言ってるの?って顔で先輩がこっちを見てる。意味なんてわからなくてもいいですよ。ただご馳走様ですってことなんで。
「それで、相談とかあるんじゃないの?いきなり聞かない方がよかった?」
「いえ、大丈夫です。実は、最近の物価高騰で実家の方がうまくいってなくて。家に戻ってこないかって言われてるんです。私としては、この前新しいプロジェクトに参加させてもらったばかりだし、これからだって思っているので、戻る気はないんです。でも、自分の勝手で行けないと断っていいのかなって。本当に個人的なことで申し訳ないのですが、どうしても誰かに聞いてほしかったんです。」
というのは口実で、と付け加えると悪い気がしてしまう。正確に言うと、既に縁を切ってる実家からこんな時だけ頭を下げられてそろそろ怒りそうだってことなんだけど。
シカトをし始めてもう5年は経っているから、あっちだって私に期待なんてしてない。
でも、こんなにも真剣な顔をさせてしまうならこの話はして正解だったのかもしれない。
不謹慎だけど、よかった。
「あの、先輩そんなに深刻にならないでください。あっちもできたらでいいとは言ってくれているので。」
「そうなんだ。なら、一段落着いたら連絡してあげな。それだけでも、親御さんは嬉しいと思うよ。」
素敵な返事。ありがとうございます。もう、この話はいいかな、折角なら酔った先輩を見てみたい。
グラスが空っぽになったタイミングを測って、新しく缶を開ける。
「ありがとうございます。先輩からアドバイス頂けて嬉しいです。あまり楽しい話ではなくてすみません。切り替えて楽しいこと話しませんか?」
言いながらグラスに注ぐ、半分注いで残りは自分に入れる。ほのかにお花の匂いがした。
なんだろう。
「全然大丈夫!逆にこんな感じでよかったのかな?」
褒めて照れるまでがこんなに気に障らない人なんて今までいただろうか。何ならもっと褒めたいくらい。もっと褒めたらどうなるんだろう。
「ありがたいです!お話聞いてくださってありがとうございます。仕事のことではなかったので、誰に聞いてもらえばよかったのか分からなかったんです。だけど、先輩なら普段からお仕事してる中でとっても頼りにさせてもらってたんで、先輩なら話せる気がして。いつも尊敬しています。」
「えへへ、そうかなぁ。」
あ、可愛いですね。お酒も相まって真っ赤なほっぺ。嬉しさは隠せないのか、くふくふ笑ってる。
今日はいい夢が見れそうだ。
くふくふ
うふふふ
あははは
おほほほ
いろいろですね