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翌日、私はお姉さんに教えてもらった連絡先を登録した。挨拶をすると、すぐに返してくれて、今度食事に行く約束まで出来た。
日曜日である今日はやることがたくさんある。まずは、部屋の掃除。さらに一週間貯めた洗濯物の処理。あとは、山本に焚きつけられた調理欲を消費するための買い物。
何作ろうかな。とりあえず、1週間分の作り置きかな。最近外で買うこと増えちゃってたし、節約も兼ねて、お弁当にしよう。
掃除機までかければ部屋は概ね片付いた。丁度そろそろ洗濯機も終わりそうだし、先に着替えておこうかな。
ベランダのドアを開くと、外の風がいっぱいに部屋に入ってくる。
「お腹すいたな。何か食べよう。」
こういう事言うから、実家でも独り言が多いって言われるんだろうな。でも、今更治るはずもないし。ま、いっか。
洗濯物を干していると、スマホが震えていることに気がついた。着信を告げているスマホの画面はお姉さんだった。
「もしもし、おはようございます。」
「おはよう。朝からごめんなさいね。どうやら、弟がホテルに忘れ物をしたって言ってるんだけど、ホテルに連絡したらあっちには無いって返事が来ちゃってね。貴女、部屋が同じだったでしょう。もしかして貴女の荷物に混ざってたりしないかしら。」
昨日の荷物は面倒に思ってしまって、着替え以外の全てがそのままだった。何をなくしたのか聞くと、充電コードだと言う。整理整頓の苦手な私としては、コードをどこに入れたかすら覚えていない。けれど、お姉さん直々に連絡をくれた以上きっと重大なことなのだろう。
「すみません、まだ荷物片付けてないので、片付けながら探しても大丈夫ですか?」
「全然大丈夫よ。探し終わったら連絡もらえる?」
「わかりました!」
電話を切ったあと、急いで洗濯物を終わらせる。荷物と言っても会社から下着などの着替えを買い足しただけなので、バッグをひっくり返せば内容物は一目瞭然となった。
明日も会社で使うものを一つづつ鞄に戻していくと、明らかに私のものではないコードが一本出てきた。
「あった!」
急いでお姉さんの電話にかけると、数コールで出た。
「お姉さん!ありました!すみません、私が持ってたみたいです。」
「あらよかった。明日会社で渡してもらえる?一応予備があるみたいなんだけど、会社では必要になるって言ってたから。」
そう言っている後ろから何か声が聞こえて、もしかしてどこか外にいるのかと思い早めに会話を終わらせる。
「分かりました。明日渡します。」
どうもお久しぶりの一ノ瀬です。
通路を挟んで向かい合っている山本先輩が一段ときもいです。いつも通りと言えば別に問題ないと思いますが、いつも以上なんです。
これまでなら、きっと事情聴取のように周りの人への聞き込みを始めるところではあるが、どう見てもおかしいあの態度を見てしまった以上関わりたくない。にこにこというよりは、にやにやしている。でもきっと、ここできもいと言えるのは私だけなので、私以外の後輩がその違和感に気づく前に対処はしなければならない。
「先輩、これさっき先輩たちで共有して欲しいと隣の部署からです。オンラインでも共有したいから、後で連絡したいとおっしゃってました。」
何気ない会話を書類を渡しながらする。その渡した書類には、
きもいですよ。せめてマスクとかで隠しましょうね。じゃないと出社してすぐの山里先輩ランチに誘っちゃいますよ。
顔色を一つ変えることなくそのメモを受け取り、鞄からマスクを取り出す先輩。面倒くさいのか、素直なのか、どっちかにしてくれ。
この策士め。
やばい、まずい。やらかした。山本に返すやつ、玄関においてきた!
どうしよう、少し早めに出てるから今から戻っても、会社まで走れば間に合う。でも、それは結構疲れる。
でも、仕事で使うってお姉さん言ってたし。悩んでるのはもったいない。戻ろう!
急いで戻って、鍵を開けると、一番に目に入ったのがあのコードだった。
「よしっ。」
予想通り、駅から走らないという選択肢はなかった。
荒くなった息を整えながらフロアを歩く。自分のデスクに座った瞬間身体の力が抜けて、やっと落ち着いた気がした。
「はぁ。疲れた。」
「おはよう。朝から疲れたってどうした?」
後ろからペットボトルのお茶を持った山本に声をかけられる。ありがとうと言い、鞄から急いでコードを出す。
「これ!ごめん、私が持って帰ってたみたいで…。本当にごめん。」
両手で捧げ物のように渡す。一応家にあったコードクリップみたいなのでまとめてあるけど、袋とかにも入れたほうが良かったのかな。
「大丈夫。俺もうっかりしてた。持っててくれてありがとう。」
あぁ、山本よ。なんてできた男なんだ。感謝、感謝。
謝罪も込めて、今日のお昼ごはん奢るよってことにした。
お昼ごはんは割愛します
次はこの日の仕事終わりのこと