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いつもより気合を入れて家を出る準備をする。少し良い服をクローゼットから出して、ソファーにかけた。緊張で早く目覚めた身体は落ち着きがなく、普段はやらない朝食づくりを行う。机には1人分には多すぎる量で、思わず苦笑した。
「何を緊張してんだ。」
窓を開き、外の空気を入れる。風が頬を撫でて優しく頭に触れた。席に戻ってフォークとナイフを持ち、まるで高級フレンチを食べるように動かす。
皿にのっているのはただの卵焼き、になってしまった目玉焼きにしたかったもの。ワインを香るように揺らすコップにはブラックコーヒーが入っていた。
フロアに入ってすぐ目に入ったのは、いつも通りの風景。だから私だけが少し浮いている感じがした。
「晴夏先輩どうしたんですか?何か落ちついてない感じがしてますけど。」
「大丈夫。ちょっと今日大きい仕事あって。緊張してるのかも。」
今夜は私と山本が担当した中で一番大口の話が決められる会食。昨日まで沢山準備してきた。向かいに見える山本を見ると、気合の入っている時いつも付けているネクタイピンがしっかりと付けられている。
「山里、行くぞ。」
日が落ち、約束の時間が近づいてくる。緊張で固まっていた私に後ろから山本が声をかけた。
「分かった。」
約束のホテルまでのタクシーで最後の確認をする。特別にプレゼンをするわけではないが、少し特殊は相手で会食の会話の中で何となく嘘と本当を混ぜて話してくる。その嘘に騙されず、相手と自分にとって双方のためになる条件を提案しなければならない。
「山里、大丈夫だ。俺もついてる。」
震える手を肩にのせられ、山本も緊張していることが分かる。その手をとり、目を合わせた。
「大丈夫。私もついてる。」
タクシーから降りて、個室の部屋に向かう。先方はあと30分後に付く予定だった。
結果として会食は成功した。店を出て、会社に連絡を入れる山本を横目に空を見上げる。柄にもなく、私のやっている仕事はこの星の一つみたいなんだろうなと詩的に考えていた。
「山里。このあと時間あるか?」
電話が終わった山本がいつもになく真剣な目を向ける。完全に気が抜けていた私は腑抜けた返事を返す。
「へ?こ、この後?」
裏返った声にツッコむこともなく、一歩さらに一歩と私に近づいてくる。え、え、何かさっきともいつもとも何か違くない?どうした?
「そう。実はここのホテルのレストランを予約してるんだ。一緒に来てくれないか?」
耳を真っ赤にした山本が真っ直ぐ手を差し出す。もしかして、私山本に好かれてたりする?
え、本当に?
「えっと。変なこと言うよ。今から。山本って私のこと好きなの?」
言ってから後悔しても遅い。今までだって自分で勝手に考えて口走って、失敗してきた。
「そうだよ。俺は山里が好きだ。」
「え。嫌じゃないの?」
これまでは私の発言に対して
’そういうのは分かってても言わないもんだよ。’とか
’何で言うのかな。’とか
まるでがっかりするようなことを言われてきた。だけど、山本は違う。
「何が?というか一応俺、告白してるんだけど。」
語尾が小さくなるのがらしくなくて、こっちまで恥ずかしさが込み上げてくる。
「えっと。まだ分からないかも。」
最低な答えだって分かってる。でも、今まで過ごしてきた時間は間違いなく不快なものではなかった。私の中では家族でも友達でもなく、ただの同期でもないそんな存在になっている。
「でも、山本と一緒にいたい。」
違う。離れたくない。心地いいあの関係をなくしたくない。うまく言葉で伝えられないもどかしさが、消化できなかった。
「そっか。分かった。今日の夜は帰ろうか。こんな話をした後だと美味しく食べられないだろう。」
あ、山本が嘘つくときの癖だ。親指を握って隠す。そんなことをさせたいんじゃない。でも、どうやったら。タクシーを捕まえようと車道に進む山本の腕を引く。このままではいけないと本能が動いた。
「山里?」
「行こうよ。今、山本の告白聞いてから私おかしいの。なんかね、ドキドキしてるの。」
告白ってしたことある
必ず答えが返ってくるわけじゃない
そして嬉しいこともある
というわけで次回終わります




