【1−7】ゲーム慣れしてないにも程がある
わぁい、やったー(飛び跳ねて喜んでいる×2)
「おーい! モモさーん!」
しばらく呆然としていた私の耳に、そんな声が届く。
声のする方向へ視線を向けると、熊を飲み込んだ光のそばに立ったラムネさんが、大きく手を振っているのが見えた。
「あっ、はいっ!」
私はうなずいてから、ラムネさんの方へ駆け寄る。
ラムネさんは光に手を突っ込み、ゴソゴソとさぐっていた。
光から毛皮を取り出したラムネさんは、私の方へ向き直る。
「モモさん、どうぞ」
ラムネさんはにっこりと微笑んで、さっき取ったばかりの毛皮を私に差し出した。
「いいんですか?」
「倒したのはモモさんなので!」
「……ありがとうございます」
笑顔のキラキラ具合に少し気圧されながらもなんとかお礼を言って、リュックに毛皮を詰め込む。毛皮はリュックより大きいはずだけど、するりと中へ入った。
「いやー、こちらこそありがとうございます。私が熊を連れてきたせいで、みなさんに迷惑をかけてしまいましたし……あ」
少し照れたように早口で喋っていたラムネさんは、一瞬固まり、ぐるっとセーフティエリアの方へ体を向けた。
「ちょっと待っててください」
そう言ってすぐ、ラムネさんは走り出す。
すごい勢いでセーフティエリアのど真ん中に滑り込むと、ひざと手をつけた。
「すみませんでしたぁぁぁぁ!!!」
……え。
ラムネさんが、地面にひたいをつけて謝っている。いわゆる〝スライディング土下座〟を目の当たりにしたみんなは、しばらくポカンとしていた。
少しして、ぽつぽつとラムネさんに肯定的な反応が寄せられる。
「大丈夫大丈夫、気にしてない」
「むしろ、いい立ち回りがみれて面白かった」
「そこまで気負うことないんでない?」
私はその様子を眺めながら、セーフティエリアの外でぼんやりと突っ立っていた。
☆
みんながそれぞれ町へ向かっていく様子を眺めていた私の元へ、ラムネさんがやってくる。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「よかったです。……えっと、町に行きながら話しましょうか」
そう言って、ラムネさんは歩き出した。
特に断る理由もないので、私はラムネさんの横へ並ぶ。
「……それにしてもすごいです。始めたばかりですよね?」
「はい」
すごい?
熊を一撃で倒したことだろうか。
「あの熊、ぼ……私がいくら攻撃しても、全然ダメージ入らなかったんですよ」
「そうなんですか⁉︎」
私は思わず声を上げる。
なるほど。熊が現れたとき元気そうだったのは、ラムネさんが攻撃する隙がなかったからだと思っていたけれど……攻撃が効かなかったから、セーフティエリアまで逃げてきたんだ。
そんな敵を一撃で倒せるなんて……。
「歌唱魔術って、強いんですね」
「……たぶん、モモさんの歌が上手いんだと思います」
ラムネさんは少し恥ずかしそうにボソッとつぶやいた。
「なんか言いました? たぶん、しか聞き取れなかったんですけど」
「いえ、なんでも……っと」
聞き返したけれど、はぐらかされた。
そこにぽにょぽにょした丸い生物が現れたのを良いことに、ラムネさんは短剣を取り出して駆け出す。速攻で倒したあと、何事もなかったかのように隣へ戻ってきた。
だいぶ必死な誤魔化し方だ。
よっぽど聞かれたくないらしい。
「このゲーム、町へ行ったら本当に自由なんですよ。だいたいは、装備を買ってどんどん大きな町へ旅していくんですけど……」
そこでラムネさんは私の手首をちらりと見る。
「たぶん歌唱魔術の武器って、その腕輪ですよね。ぼ……私の記憶では、町に腕輪って売ってなかったんです。だからレベルだけ上げて、あとはのんびりで良いと思います」
「……レベル」
レベル、って「授業のレベルが高い」みたいな?
そんな簡単に上がるものじゃない気が。
「あ、さっきの戦いでレベル上がりませんでした? てれてれってってってー……って鳴るんですけど」
「そういえば、鳴ってたような」
「確認してみてください」
レベルを確認する方法がわからなかったので、いったん立ち止まって、背負った小さなリュックから本を取り出す。パラパラとめくっていくと、身分証明のページにそれらしき文字列があった。
本籍:未定(訪ね人)
名前:モモ
レベル:8
メインスキル:歌唱魔術(Lv.5)
称号:歌唱魔術の使い手
上記のとおり証明する。
「レベル8みたいです」
「じゃあステータス振れますね」
ステータスフレマスネ……新たな暗号が聞こえたような気がするけれど、聞かなかったことにして、私はラムネさんと歩いていく。
道中に謎の生物が現れた時は、私が応援ソングでバフ? をかけてラムネさんがサクッと倒したり。なにもいない時は、個人情報バレにならない程度にくだらない話をして笑ったり。
そんなこんなしているうちに、城壁みたいな高い塀が見えてきた。