【1−3】ガイドブックがファンブックであると美紅はまだ知らない
ひゃっほー(飛び跳ねて喜んでいる)
魔術師がガイドブックに載っているんだったら、歌唱魔術も載っているかもしれない。そう思ってページをめくったけれど、どこにもそれらしき文章はなかった。
「これって、歌唱魔術は載ってないの?」
「んー……載ってないかもね。それ結構古いやつだから」
ガイドブックが古いと、歌唱魔術のことが載ってない。
どういうことだろう。
「VRMMOって、アップデートでいろいろ職業とかスキルとかマップとかが追加されるの。その攻略本は正式サービス開始前に出版されたやつだから、最近追加されたばっかりの歌唱魔術については書いてないと思うよ」
アップデートを直訳すると……更新、だったっけ。
更新に合わせてできることが増えるから、昔の本では網羅できない。
なら、電子書籍にすればよかったのに。
そんなことを考えていると、彩香ちゃんはにっこり笑った。
「まぁ、とにかく遊んでみて! 時間かかると思うから、わたし帰ってるね!」
彩香ちゃんはそのまま素早く部屋を出ていく。
後ろ姿がすぐに見えなくなり、玄関のドアが閉まる音がした。
「……やるしかない、よね」
私は鍵を閉めてから、ガイドブックを片手に準備を進めていった。
☆
スマホにEFOをダウンロードして、VRゴーグルとスマホを繋げて、初期設定をして、公式サイトを見て、キャラメイクをどうすべきか考えて……だいぶ疲れたけれど、ここからが本番と言っても過言ではない。
私は宿題や夕食、お風呂などやるべきことを済ませたあと、ベッドに寝転んでVRゴーグルを身につけた。
「わぁ……」
絵に描いたようなサイバー空間が、目の前に広がっている。
左に大きなディスプレイ、右にシンプルな机。
部屋全体が黒色と謎の光でまとまっていた。
だけど、私はパジャマ姿のままだ。
絶対に浮いている。
鏡で確認したいけど、どこにあるのかわからない。
辺りを見回していると、中央に人型ロボットみたいなものが姿を現した。
「こんにちは、仮想世界へようこそ。ワタシはコンシェルジュAI、アナタの快適なVR生活をサポートします」
コンシェルジュは確か……お世話係さん? だったっけ。
「はい」
「わゃ⁉︎」
急に返事が来て、驚きのあまり奇声が出てしまった。
私は思ったことが全て言葉に出てしまう人ではないはず。
……まさか、心を読まれた?
「はい。そちらの方が、何に困っているか把握するのに便利なもので」
確かに。
「もし苦手なようであれば以心伝心機能をオフにすることもできますので、その場合はお申し付けください」
そう付け加えて、コンシェルジュAIはぺこりとお辞儀をした。
……って、コンシェルジュAIって呼びづらいな。
「名前を設定してくだされば、短く呼ぶことも可能なのでは?」
名前を考えるのは得意じゃないけれど、愛着も湧きそうだし決めておきたい。
うーん……ローマ字読みで、アイ、とか?
「ありがとうございます。では今から、アイと名乗らせていただきます」
「改めて、よろしくね」
安直すぎるかもしれないと少し不安に思ったけれど、アイはなんだか嬉しそうだ。アイともっと喋っていたくて、私は口を開いた。
「以心伝心機能、オフにしてもらっていい?」
「かしこまりました」
「あと……EFOにログインしたいんだけど」
「イーエフオー……了解です。起動いたします」
すっかり満足してしまいそうになったけど、今日の目的はEFOだ。
少しずつ、サイバー空間が薄れていって。
真っ暗な世界に、タイトルロゴが浮かび上がる。
〈Eternal Frontier Online〉