14-2.同。~呪いの未来より来たれ、我が宿業の獣~
~~~~ほんと魔導は反則だよな!多少拙くても手強い!なら……こちらも反則で相手だ。
――――この場面で助力を求めるなら、彼女しかいない。
思い浮かぶのは、無数の魔術、魔道具でボクを追い詰めた、友達の姿。
魔法は使えないって言ってたのに、きっちりいくつもの精霊まで呼んできて。
運に天を任せて、ただ前に出て袈裟に斬った。あんなもので、勝てたわけがない。
あんなに笑顔だったんだ。ミスティはボクに、勝ちを譲ったに決まってる。
なのに、痛くして本当にごめん。
でも今は、恥を偲んで頼む。メリアを助けたい、力を貸してくれ、ミスティ!
量の多い髪がほどけ、血濡れてほほ笑む彼女が、確かに見えた。
水に飛び込みながら――ボクの宿業が解き放たれる。
暗い橋の下に、膨大な赤い光の奔流が巻き起こる。
着水する。上がる水しぶきすら、赤く不気味に輝く。
<――――どうか。この身に、呪いあれ。>
世界の言葉が聞こえる。
遠い未来から、ボクの業が因果を巡ってやってきて――追いついた。
赤い光が、収束する。
━━━━『呪文。』
呪いの言葉を、唱える。
水中で声はでなくとも、音は響き渡る。
━━━━『紫電雷獣[フジダナ]、顕現!!』
英聖に綴られた、呪文が成立する。ボクの右手から、急速に結晶化が始まる。
結晶はあっという間に全身を覆ったばかりか、巨大な紫の石英となってボクを包み込んだ。
水中に出現した巨石が、水を押しのけつつ、徐々に沈んでいく。
墓標に……そのケダモノ、フジダナの名が刻まれる。
<――――業 雷・応報。>
世界の言葉が響き渡り、その法則が小さく書き換わる。
水底に沈んでいく石英に、稲妻のようなヒビが入った。
<――――獣性・解放!>
水中に雷鳴が轟く。
石が砕け散り、巨大な獣が残る。屋敷のような体。
底に足がつく。泥が巻き上がる。
形は狼に近い四つ足の獣。だが、全身の体毛が非常に長い。
その毛のすべてを含めて、体は光沢のある赤紫の結晶でできている。
そして血のように赤い、大きな瞳。
その瞳が上を、水面を走る船を見る。そろそろ橋下からは出るころだ。
もうだいぶ遠い。だが、あそこなら届く。
……あの髪は彼女の奥の手だった。その使い方が、伝わってくる。
息を、する。
酸素の泡は出ないが、代わりにか細い電気が波紋のように広がり……ボクに報せを持ってくる。
さっき倒した男は、桟橋の上で気絶中。こっちはいいな。
水中の魔導師は二人。水面の船に二人、そして袋の中のメリア。
水の流れの中、後ろから不可視の刃がいくつも飛んでくるが……体表の結晶に弾かれる。
傷もない。二人の魔導師の、動揺の気配が伝わる。
ボクはそちらを振り返らず、さらに深く息をし――全身から、無数の毛束を伸ばした。
まず近くにいた魔導師の二人に絡みつく。その身を絡めとる。
舟にも伸び――届いた。これも完全にからめとり、水面から浮かす。
船上で慌てる二人と、麻袋のメリアも捕獲。
……ごめんねメリア。ちょっと制御が難しいんだ。
びりっとするけど、我慢してね。
『――――雷獣套路。要訣二、云号の相。帯電!』
紫結晶の毛の束を、電撃が伝う。
死なない程度に痺れさせ、意識を奪った。
そして最後の力を振り絞り、すべてを桟橋の上まで投げる。
頭ゆだりそうになりながら、メリアの袋の口は、何とか開けた。
船だけは反対の岸――西側に投げ飛ばす。
残敵は……なさそうだ。
メリアは無事だろう。敵さえいなければ、後は大丈夫なはすだ。
でも……痺れ過ぎた。もうむり。
ボクの全身の結晶が、砕け散った。
生身に戻った体が……水底に沈んでいく。
動けない。痺れだけじゃない、力を使い切った。
息が、続かない。
――――ハイディ、どこだハイディ!!
ああ、ストック。
ストックの、声がする。
なんとか、水面の方を向く。
でも暗くて、何も見えない。
ストック。
ボクは、ここだよ。
早くおいでよ。
ほら。今、ボクを助け出せば。
キスをする、チャンスだよ……?
次の投稿に続きます。




