12.河川都市パール。到着。
――――リバービューとやらも乙だが、そんなことより再会を祝そう。
その後、いろんな果物やお菓子をカレン――メリアに食べさせた。
最後に聞いたら、自分が淹れたお茶が一番うまかったって言いやがった。
同意した。おかげで、良いお茶会だった。ずいぶん笑った気がする。
お茶会は夕暮れ前にお開きにし、今は片づけてパールの街を目指して街道をゆっくり走っている。
元皇女様は、後部座席でお休み中だ。彼女が起きるころには、街についているだろう。
この子もボクら並みによく食べるから、夜はいろいろ注文して楽しんでもらおうかな。
……今更ながら、皇女に対するもてなしではないが。
まぁ辞めるっつってんだから、気にせんでもいいか。
ボクが気にしなくても、ストックがなんとかしてくれるやろ。
バックミラーに、寝崩れようとしている彼女が見える。
……運転中だから、ちょっと直してあげられんな。
座席から落ちそうだったら、停めて戻してあげるか。
……なんだねストック。その嬉しそうな顔は。
「とても楽しそうだったな、ハイディ」
「そう?ボク、君といるときはたいがいにっこにこな自覚あるけど」
楽しいのは否定せんけど、それを言うならボクはこのドライブが始まってからずっと楽しい。
……いやほら。好意がどうとかじゃなくて、この子のそばは居心地がいいんだよ。
違うとまでは言わんけど、旅において同伴者と過ごす時間の快適さは、とても大事だ。
ストックは気楽にしながら、ボクにもちゃんと気を回してくれてる。それが心地よい。
「……そうだな。だが、声を上げて笑うのは、なかなかないだろう」
「そうだっけ?まぁボクにしろ君にしろ、こんな喋りだけどそこは気を付けてるじゃないか」
二人で――今はメリアも入れて三人で――話すからこうなんであって。
他の時はそれなりに気を付けているし、気安く話すときも、人目くらいは気にしている。
思いっきり笑うと当然人には聞かれるから、そういう真似はしない。
「お前まで淑女然としなくていいんじゃないか?」
どういう気の回し方だねストック。
確かに今のボクは孤児の平民で幼児だが、淑女を捨てた覚えはねぇぞ?
別に学園では、必要に迫られて淑やかにしてたわけじゃねーからな??
「ほんとにそれでいいのか?君、淑やかな方が好みだろう?」
「違うとは言わないが……合わせてくれているのか」
「嫌われたくないって言ったろう?喜ばせたいとも。
あとは単純にボクの趣味だ。かっこいいじゃないか、淑女。
聖女様とまでは言わなくても、そうありたい」
「……それは聖教聖女派の言う淑女だろう」
ウィスタリア聖教聖女派。すなわちロード共和国で言われる「淑女」はちょっと特殊だ。
女性として十分に淑やかな方を、指したりはしないのだ。それだけでは不足と見做される。
女として……当然期待される、色と手管のすべてを封じて。
その上で、力の限りを尽くすもののことを言う。
かつて聖女、すなわち穢れなき乙女が、そうしたように。
ボクがちょっとそれに傾倒しているのは、その薫陶を授かったことがあるからだ。
人にやたら花の名前をつけたがるその人に、そうあれかしと。
「知と武と礼を兼ね備えた女は、嫌かね?」
「お前のことじゃないか。大歓迎だ」
「君のことでもあるね」
「む」
ふふ。肌が白いと、赤くなるのをごまかすのが大変そうだな、ストック。
夕焼けよりも真っ赤だ。
この子は誉めると喜んではくれるけど、誉められ慣れてない。
すぐ困ってだんまりになってしまうので、あまり褒めそやさないようにしてる。
最初の頃、あまりに美人でめっちゃテンション上がって誉めたら、窘められた。
おべっかは使われ慣れてるはずだけど、なんかダメだったんだそうだ。
なんでや。
「んー……声を出して笑ったのなんて、言われて見れば学園以来か?
カフェテリアで酒をかっくらっていたときは、よく笑った記憶がある」
「確かに。ただの学生でいられた時間だな」
言わないでおくけどストック。
ただの学生は、昼間っから酒飲んでマッシュで大盛りチャレンジしないからな。
特にあそこは、貴族が各国から来る魔導学園やぞ。
それに。
「……あの頃ボクは、船の魔境航行折衝で死にそうになってたし。
君はラリーアラウンドの組織運営で、いっぱいいっぱいだったんじゃないのか?
今の方がずっと気楽だろう」
「気楽じゃないから、笑うしかなかったのかもしれんな」
「そういう解釈か。……鋭いな、相変わらず」
彼女がじっとボクを見ている。
そういう気の回し方だったのか。
「二人で話してたとき、何を言われたんだ?ハイディ」
敵わないなぁ。
そんなにボクは、様子が変だったかな。
「ストック。ボクね、お礼を言われてしまったよ」
「……なんのだ?」
「首を斬ってくれてありがとう、だってさ。
ボクのことを殺したくなかったからって」
恨んでいると思ってたのに。
詰られるって思って……だからストックが聞こえないところで、話聞いたのに。
ボクとの再会を、あの子は笑って喜んだ。
時間を戻ったから、元のあの子たちには会わないと考えていた。
なのにストックがいて……他の友達ももしかしたらとは思って。
ところが結局のところ、フィリねぇやキリエ、ミスティはボクのことを知っている様子はなかった。
カレン……メリアがボクを覚えていて、怖くなると同時にほっとした。
やっと責めてもらえると、ごめんなさいが言えると思った。
でもお礼を言われて。謝られて。
ボクは別の怒りでおかしくなりそうだった。
「……同じ状況なら、私も同じことを思うだろうな」
おどけたようにストックが言う。
……気を遣われている。
「やめてくれませんかね。想像するだけでボクの情緒が爆発するわ」
「それはすまなかった。――――ハイディ」
「なに?」
「彼女たちはあの時、呪われていた。お前はそう見ているのか?」
――っ。
「…………理屈がわからないから、そうだね。呪いというしかないだろう」
メリアは、意識がなかった……カレンとして行動していた、と言う。
それで本人の望まぬことまでさせるなら、それは最早呪いじゃないか。
断じて、許容できるものではない。許してはならない。
思わずハンドルを、強く握りしめる。
「なら今度は、私の番だな」
ボクは顔に出さないように必死なのに。
ストックはそんなボクを、穏やかに見ている。
彼女の意図が、少し、よくわからない。
「…………どゆこと?」
「お前が私を止めてくれたように、今度は私が彼女たちを止めよう」
そんなに長い時間ではないと思うけど。
ボクは運転するのも忘れて、彼女に釘付けになった。
その目が言っている。
――――やっとお前の役に立てるな。
「君一人でやるなよ。
……一緒にやって。力を貸して、ストック」
「わかった」
メリアが座席から落ちたのが見えたので、速度を緩めて道の端で停まった。
ストックが何も言わずに、一度外に出てから彼女を席に戻しに行った。
ボクはありがたく、少し休ませてもらうことにした。
声は震えていなかったと思うけど。
前が見えないと、さすがに運転は危ない。
次の投稿に続きます。




