10.同街道そば。予期せぬ巡り合い。
――――拾った友達が、皇女を辞めたいと言っている。ボクにどうしろと?
なんとなく左手でロザリオを弄りながら……記憶を辿る。
かつて彼女がボクに説明したことによれば。
帝国第三皇女カレン・クレードルは、いくつもの自分の人生を知っているらしい。
同じようで、細部が違う無数の人生を。
「時を繰り返している」と表現していたが。
聞いてみると、完全な体験として繰り返しているわけではないようだ。
人生の間に連続性がないようなので、おそらく、だが。
たくさんの微妙に異なるカレン・クレードルがいるんじゃないかな?
そして、記憶情報のみ共有している。
ある程度はそれを「自分のもの」として認知しているようだった。
ただ感情とか体験は、それぞれのカレン自身のもの。
ゆえ、違う人生でも引き継がないのではなかろうか。
このクソ能天気な皇女を見ると、そう思う。
言う通りそのまんまだとしたら、心が持たないだろう。
のだけれども……ちょっと引っかかるな。
あの後。逃げていた馬車に追いついて、ひとまず休憩している。
ストックが荷物から出した緊急通報用の魔道具を使ってくれたので、近くの街から救援が来るはずだ。
御付きの人たち三人と、御者の方は無事。一人だけ腕をケガしていたが、これも手当した。
で、空色のひらひらドレスの皇女様は、ボクらの持ってきてた携帯食をめっちゃ貪り食ってる。
瞳はドレスと同じ空色。長いプラチナブロンドをツーテールにしている。じっとしてればかわいいんだけどね……。
ちょっと話があるので、彼女に頼んで、御付きの人を遠ざけてもらった。ストックにはそちらを見てもらっている。
「カレン様」
「ふぁんだはいでい」
……思わず手で口を掴もうとし、抑えた。
なんでボクがここ最近会った偉い令嬢は、礼儀作法を投げ捨てるんだ?
流行りか?
「お食事中に話しかけて申し訳ございません。
まずゆっくり噛んで飲み下してくださいませ、皇女様。
果実水です」
ボトルを渡すと、おとなしく手に取ってごくごく飲んだ。
「ぷはー!相変わらず、王国のボトルはすばらしいな!
ひえっひえで、うまい!
だがお前はいかん、いかんなハイディ。
何だその態度は。さぶいぼが出るわ。
前はもっと、慇懃無礼だっただろう」
「私たちは今ここで初対面で、あなたは皇女でしょう」
「まぁそうなんだがなー?そこは何とかしろ。
誰も聞いておらんわ」
しようのないやつめ。
ちょっと咳払いして。
「じゃあ改めて質問だがカレン。
君、ボクが神器を三本ダメにして首を斬ったときの記憶があるな?」
「おー、良い感じではないか。
で記憶だが?あるある。執念を感じる見事な一撃だった。感動した」
「君それ、前の説明とちゃうやろ」
説明と同じなら、会ってすぐのこのカレンは、ボクを知っているだけで、関係性は他人だ。
でも、このカレンはクレッセントで一緒に仕事したり、どつきあってたやつに間違いないと思う。
記憶が、前回から連続している。ボクやストックと同じだ。
でなければ、ボクが馬鹿なぁ!って叫ぶのを、久しいとか言ったりはしまい。
「そんなこと言ってもな。首を斬られたと思ったら、赤ちゃんに戻ってたんだよ。
『カレン』の記憶では、『ウィスタリア』に負けたことなんてないはずだから、そのせいじゃないか?」
「そうか。そりゃボク、頑張った甲斐があったな……なんだよ」
なんだ。なぜそんなに、によによしている。
「前は慇懃無礼なやつだったが、そっちの方が似合うぞ、ハイディ。
同じ不敬なら、この方が好ましい」
うっさいわ。
「で、何でここにいるんだよ」
「わからん。お忍びで王国に来てる、以外のことはさっぱりだ」
「は?」
「それも前に言ったと思うが?」
「ん……夢を見た感じになって、勝手に何かしてることがあるって、あれか?」
「そーだそーだ。赤ちゃんに戻ったときはわかったがな、その後はずっとそんな感じだった。
今は私として自由が効く。『カレン』の行動ではない、ということだろう」
滅茶苦茶だな……。
その夢を見ている感じのときは、自分では何もできないらしい。
「未来が決まっており、カレンとして行動しているときは自由がない」だったか?
それはそれで、少々不便が過ぎる人生に思う。
この「カレンとして」という部分、前に一緒にいた期間ではそう多くなかったとは思うけど。
ボクの知らないところで、長くそうだったりしたのか。
「しかしそうだとすると、君は誰だ。あるいは、何て呼べばいいんだよ」
「…………それはこちらからは名乗れん。そっちで勝手に決めろ」
「厄を感じることを言いおって」
しょうがない。それはひとまず置いておくか。
「これからどうする?」
「出奔する。連れてけ」
……言い出すような予感はしていた。だから人を遠ざけたんだし。
こいつ皇女だけど、帝国には恨みしかない。
「…………御付きの人たちはどうする」
「――皇位継承争いにおける暗殺危険性を避けるため、成人まで出奔する、と言い含める。
それが通ったこともある」
「出奔して、その後どうする」
「できればドーンに行きたい。何もかも、あそこからおかしくなる」
「君が来るとよりおかしくなりそうなんやが?」
「そうだな。ドーンに行ったことはない。だが連れてけ」
「それは精霊の囁きか?」
「そうだ」
この皇女様、完全なバグキャラである。
先の特殊な……呪いの子と思しき性質に加え、なんと精霊に愛されている。帝国皇女なのに。
魔力はほとんどないが、神器に対する適正も高く、天然でディーコン位まで至れるくらいだったはずだ。
その上で、よくわからないレベルで頑丈。
人間の五体が血漿しか残らないレベルの衝撃でも、傷一つつかない。
ボクはいまだに、なぜこいつの首を斬ることができたのか、まったくわからない。
「呼ばれている。だが、どの人生でも、どうしてもあそこに行けていない」
「ああ、ドーンは早々に滅びるからか……。
あそこに、君の精霊がいるってことか?」
「たぶんな」
さすがにちょっと、ため息が出た。
こりゃ一大事だ。
誰かに相談したいが……安易に話せないなぁ。
次の投稿に続きます。




