Y-2.同。~紫羅欄花と竜胆が混ざり合う~【ストック視点】
~~~~不思議な旅路だった。こんなに早く、終わってしまう、なんて。
「私には精霊が、ミッションを与えていた。
この世界に干渉する者たちの、排除だ。
お前の言った通りだ。
まぁそうは言っても、神主もクストの根も、見つからないし。
私はそれどころではなかった」
「そうか。君が来たのは、いつだ?」
「あの山で、お前と石になって。
その後だ」
そう。目が覚めたら、その状況だった。
「あとは知っての通りだ。
知らせていない内容は、ない」
「嘘だ」
「っ」
わたしが、かたったないように、うそはないぞ?
「その通りなら、君はそのまま、ウィスタリアと生きればよかっただろう。
石から戻った彼女と。
リィンジアの救いとなるよう、ウィスタリアを掬い上げるのであれば。
なのになぜ、ボクを追いかけて、時間を戻った」
「なにを、いうんだ、はいでぃ」
そんなこと、できる、はずが。
「ボクが言いたいのはだね。
君が『アラセイトウ リンドウ』なのか。
『ストック』なのか、だ。
どっちだ」
「それは、竜胆、だろう」
記憶も、意識も。
確かに、あの山に至るまでの「ストック」のことは、おぼえて、いるけど。
「そんな馬鹿な話があるか。
君がその子なら。
時間を戻ってこれる、わけがない。
未練がないじゃないか。
目的意識も合致しない。
いいかストック」
彼女が私を、確かに「ストック」と呼んで。
瞳を深く、覗き込んで。
唇同士が、触れそうなくらい、近くから。
「時間を戻った未練は、ボクのことだろう。
ボクもそうだし、確信がある。
だからこそ、わからない。
ボクは『ストック』がボクに惚れたというなら、理解する。
その気持ちの蓄積、経緯は感じた。
だが急にやってきた『リンドウ』がそうなるわけがない。
君は――――ストックだ。間違いない」
ハイディが静かに、断言する。
その言葉が、私の心に、しみわたる。
記憶が、想いが、脳裏を駆け巡る。
ストックとして、生きた記憶と感覚は、確かにある。
不思議な、感覚だった。
そこは……仄かな恋慕の情も、あった。
淑女・ハイディへの想い。
恋心自体が大きいものだったとは、思わない。
でも……確かにストックは、王都で激突したとき、ハイディに心を救われていて。
彼女を強く、心で求めていた。記憶には、そうある。
私はその気持ちが、見過ごせなくて。
地球での……報われない、自分の気持ちを見るようで。
どうしても、あの山にハイディの結晶を置いて行けなくて。
苦労して持って、神器車の……助手席に積んで。
旅を始めた。
旅をしながら工材を集め、神器フェニックスを、改造して。
結晶の中で確かに生きていた彼女を、石から救い出して。
そこまでは……よかった。
目覚めた女が、ハイディではない、と知った瞬間。
私は、深く絶望した。
そう、私が。
その時、私は自覚した。
それまでの、旅をしているときの、自分自身の姿。行い。思いを。
助手席の結晶に言葉をかけながら、少し楽しそうに運転をする私。
眠るとき彼女に、お休みを言って。起きたらおはようを言う、私。
彼女が石から戻ったら、返事を聞きたいあれを話そう、これを話そうと指折り考えていた、私。
ハイディを、愛している、私。
確かに、私は……竜胆は。
異性ではなく同性を好む、気質ではあった。
仄かに、ずっと一緒の幼馴染に、想いを抱いていた。
それを隠し、人並みに生きて。当たり前に縛られながら。
そういう生き方で、いいと思っていたんだ。私は。
でもそれは、覆された。
あんなに身を焼くような気持ちは、覚えがない。
とても耐えられるものでは、なかった。
<ストック>の恋慕が、私の中に溶け込んで。
気づけば全身、甘く焦がし尽くしていた。
ハイディとの尊い記憶が、確かに自分のものになっていた。
<ストック>の深い、未練すらも。
そばにいたかった!
もっと話がしたかった!
王都から二人、旅した数日が忘れられなくて!
触れたら、結晶なのに、いつもハイディは暖かくて。
触れるだけで、心が洗われる、ようで。
でももう、そこにハイディはいなかった。
「……ストック」
ハイディの優しい声が、耳朶を打つ。
記憶の結晶。ハイディではなく、ウィスタリア。
それとは決定的に異なる――――今目の前にいる、ハイディの、瞳。
彼女の目が、私の追憶を見透かすように、じっと奥を見ている。
私の瞳の中に、何かを感じ取ったのか。
ハイディが優しく、私を抱きしめる。
包み込んでいく。
「はい、でぃ」
彼女が、私の頭をそっと撫でる。
安心、する。
これが……ほしかった。
ハイディの言葉。息。鼓動。温度。
滑らかで。柔らかで。
とても、優しくて。
その存在が、脳が痺れるくらいに、私にとても効く。
お前の何もかもが、欲しくなる。
だから、時間を遡り、赤子に戻った時。
すべてを、かなぐり捨てて。
使命すら、後回しにして。
ハイディと生きるために、すべてを尽くした。
意思疎通がとれるようになってすぐ、父母に懇願した。
まともに娘ができなくて……本当に申し訳なかったけど。
それでも、お父さまもお母さまも、そしてお兄さまも、私を受け入れてくれた。
ハイディの過去は、あまり覚えていなかったけれど。
少ない情報と、勘を頼りに彼女を探し求めた。
コンクパールのやり取りを思い出し、ひょっとして王女だったのでは?と閃いて。
なんとか、聖国に浚われた王女がいる件に、辿り着いて。
ハイディに違いないと、働きかけをはじめて。
四つの、あの日。
ファイア大公邸には、ギンナ――当時はキリエと普通に名乗っていた彼女の、誘いを受けて行った。
お父さま経由らしいが、私の働きかけに興味を持たれたらしい。
行ったらまず、彼女に自分も時間を遡ったことを、話されて。
私からも……いろんなことを話した。話して、しまった。
実は、精霊の使命を受けた、地球人であるということは……さすがに伏せたけど。
私が『ラリーアラウンドのストック』で。
ウィスタリアではなくて……ハイディに、恋してること。
彼女をなんとしても救い出したいこと。
その破滅から、人生をかけて守りたいこと。
時間を戻ったのだから、記憶の有無はともかく。
ここにいる『ウィスタリア』は<ハイディ>のはず。
私のことを、覚えていなくてもいい。でも会いたい。
キリエは、私の話を最後まで、静かに聞いて。
彼女が時間逆行者であることを、ハイディに伏せることを条件に。
協力を、約束してくれた。
そうして急にやってきた、あの再会の瞬間。
今も、鮮明に覚えている。
次投稿をもって、本話は完了です。




