Y-1.聖国近郊魔境。――――別れ【ストック視点】
――――私は今生においても。悪役を、任ずる。悪の最後は……破滅だ。
大きな穴が開いて。
あの黒い影ような、蛇の残骸のようなものは、確かに消えた。
…………これで王国は大丈夫、ということだろう。
呪いの祖は、私の祖国を呪っていた根源は、消えた。
お母さま、お父さま、お兄さま。
私はやっと、果たしました。
皆の未来を守れたと、そう胸を張って言えます。
悍ましい滅びと、破滅の何かではなく。
人が、生きていける未来を。
いろんな人の、手を借りて。
何よりあの――――愛しい人に、助けられて。
別れの前に、それが果たせて……よかった。
おや。
ハイディが、こちらに走り寄ってくる……珍しい。
戦闘中でもない限り、滅多に走ったりしないのに。
周囲確認をもう一度してから、変身を解く。
「っ。ストック?」
リィンジアとも分離。
そばには、ネフティスの後部車両。
「もう大丈夫だろう。
ハイディも来るみたいだし……。
そっちも、ウィスタリアを迎えにいったらどうだ?」
「ふぅん。はっきり言ったらどうかしら。お邪魔だって」
「そっちの邪魔はしない、と言ってやろう」
互いに、にやりと笑って。
彼女は……ちょっと聖女にあるまじき跳躍で、遠くのウィスタリアの元へ向かった。
ありがとう、リィンジア。
あまりその呼称で、呼ぶわけにはいかないけど。
お前もまた……私の相棒だ。
ほんの短い間だったけど。お前の套路は美しかった。
ハイディを待っていたら、突然ネフティスに乗り込んできて。
融合されたときは、ほんとどうしようと思ったけれど。
彼女の計画通りだったとは、恐れ入った。
我が武の祖よ。
ウィスタリアと、仲良くな。
リィンジアの飛び去った方から……私の愛しい人が走ってくる。
……ただでさえ、珍しい姿、だから。
目に焼き付けておこう。
申し訳ないのだけど、今だけはじっと見せておくれ。ハイディ。
見納め、だろうから。
速度を落としつつ、ハイディが私を見つめる。
目が、離せなくなる。
「どうしたハイディ」
「ストック」
声。
ハイディの、可憐で、とても凛々しい声。
時に無常観すら漂う、達観した響きを持ちながら。
強い命の炎が、漲るような。
大きすぎる自然。太陽を思わせる、音。
私の閃光――――。
「時間があるかわからないから、君の嘘を教えてもらいにきた」
息が。
鼓動すらも。
止まった気がした。
「嘘、とは?」
声が、震える。
「確信や証拠はない。
ただの勘なんだがね」
私は、よく知っている。
そう前置きをする、ハイディの。
勘が外れたことは、ない。
「君とボクじゃ、ゲームに対する認識が違う。
それは話したね?」
「ああ、聞いた」
ハイディから聞いたことは、不思議と忘れない。
「君のそれは『プレイヤーのもの』だ。
記憶を失ってるわけがない」
斬り、こまれた。
……そう。別に忘れてる、わけじゃない。
この世界に来る、前の。転生前のこと。
ただ私は、その頃の自分が好きじゃない。
いいことばかりの、人生じゃなかった。
大事な人は、いたけれど。
異性を好きになれない私は……生きづらくて。
母は、理解してくれた。
父は最低のクズで、実はほとんど会ったこともない。
苦労は意外に少なかったけど。
でもそのクソゲーにのめり込むくらいには、現実が辛かった。
ずいぶん昔にサービスが終わった、ソーシャルゲーム。
『揺り籠から墓場まで』。その一作目。
オフライン用のデータを手に入れて、やって。
サーバーを立てて、有志と遊んで。
仕事とそれで、大層睡眠時間が削れた。
そのせいで。
優しくしてくれる、幼馴染とも、少し縁が薄くなって。
ううん、それは言い訳。私は彼女から、離れたかった。
ずっと一緒にいて。
好きだって言えないのが、とても、辛かったから。
多くのことから逃げた私は、ついに現実からも逃げた。
そのゲームの向こうの世界から、呼ばれ。
気づいたら悪役令嬢・リィンジアになっていた。
そんな自分を。
私はあまり、ハイディに晒したくは、なくて。
……嘘つきで、ごめん。
「認めるよ。私には、地球で生きた記憶が、ある」
「詳しく聞きたいね。特に、この世界に来た経緯とか」
ここまできたなら……いい、か。
なぜお前がそれを、こんなに気にするのか、わからないけど。
もう、お別れだもの。
ハイディはたくさん、がんばってくれた。
でも、無理なんだ。
あの日、それがよくわかったから。
「……時間もないだろうし、ざっと説明するぞ。ハイディ」
クエルたちはたぶん、神主・東宮を探しに向かったんだろう。
奴を滅されたら……私はもう、この世界にはいられない。
あまり長くは、かからないと予想している。
「拝聴しよう」
えっ。
なんで真面目に頷きながら、私の腰に手を回したの??
いつの間に。気が付かなかった。距離を詰められた。
ハイディ?どうしたんだハイディ??
ぐ。顔がちか、じゃない。すごい真面目だ。
近いけど。すごい近いけど。
話、話をしよう。
息……息が、かかる。
甘くて、くすぐったくて、のけぞりそう……。
「……私は、向こうでは紫羅欄 竜胆といってね。
しがない研究員をやってる。
趣味で、とっくの昔に終わった『揺り籠から墓場まで』を掘り返して。
他の人も遊べるように、サーバーを建てて……という表現は分かるか?「わかる」そうか。
シナリオに納得いかないから、改造したり、追加を配信したりしていたんだ。
特に、悪役令嬢リィンジアが気に入っていて……その人生を、なんとか救えないかと考えていた」
そう。最初はこう、リィンジア推しだった。
こ、心読んでないだろうな!?
今はお前推しだから、このタイミングで目を覗き込むな!
「AI……人工知能、ああウィスプみたいなものを入れてね?「人工知能は分かる」ん。
それでシナリオを演算させながらやっていたんだが、どうしてもリィンジアが救われない。
なぜかヒロインのウィスタリアと相打ちになる。
もしかして、ヒロインの側を何とかしないといけないのか、と試行錯誤していた時。
声を、聴いたんだ」
「精霊の囁きか」
ささやくようにいうのやめて。
「……驚いたよ。AIかと思ったら、そうじゃなくてね。
頭がおかしくなったのかと思った。
それである日……急にこちらに呼ばれて――この世界に来たんだ」
「まて。そのシナリオ……ボクらが体験した、前の時間だが。
君が改造したものの中に、あったのか?」
ん?そういやぁというか、ラリーアラウンドも、クレッセントも。
それに神器だって、なかったはずだ。
ハイディが言うには、本当はあるんだろうけど。
たぶん、課金用データは削られてたんじゃないか?
オフライン用にするにあたって。
「…………そういえばなかったな」
「わかった。続けて」
言われて見れば、あれは不思議だ。
少しだけ目を伏せ、整理する。
私の運営していたサーバーは、この世界とは違う、ということなのだと思う。
ひょっとしたら、過去の……配信されていたころのゲームとすら違うのだろう。
ゲームに似た世界が、まずたまたまあって。
そこと地球がゲーム経由で、なぜか繋がって。
クストの根が「逆輸入」?されてしまったのではなかろうか。
ただ穏やかに、緩やかに、魔素と魔結晶の循環の中、滅びと発展を繰り返してきた世界に。
ゲームというシナリオが、クストの根によって突き通され。
役ができ、強制されるようになり、破滅が蔓延するようになった……私はそのように感じている。
しかし。
クストの根という、ゲームからこの世界の入り込んだ、ある種のバグ。
ゲームの進行を押し付けつつ、時代を遡ってすべてを破壊する先進波。
それによって滅茶苦茶にされていた世界は、それでも独自の発展を遂げたのだろう。
精霊が。人間が。ともに手を取り合って。
そうして。
彼らが長く、ゲームに対抗し、しまいには決定的に違う、ハイディという結末にすら辿り着いた。
それでも足りないものだから、私を地球からこの世界に呼んだのではなかろうか。
その期待通りに、私は、私たちは、クストの根を排除し。
その種子たる邪魔も、根こそぎ消滅させた。
神主については、スノーたちがうまくやってくれたようだし、今も東宮にアプローチしているだろうけど。
ハイディとともに、ゲームの破滅を滅茶苦茶にしてやったのは私だ、という自負はある。
そして東宮の消滅と共に、それは終わる。
私の役目は……終わるんだ。
次の投稿に続きます。




