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X-A-2.同。~地獄を巡り、報いを受けよ~【クエル視点】

~~~~意外にしぶとい。未来のときより、頑丈だな。けど……お前は必ず、倒す。


 深く、息をする。


 力が漲る。


 未来においてきた業が、追いついてくる。



『くそっ、くそ!僕は戦いなんてしたくないんだ!


 けど僕の最高傑作でッ!!』



 いやこんなんが最高傑作とか、お母さまに笑われるぞ。


 けどこの魔獣、形状……類人猿のよう、な。


 コングコンガだっけ?



 あまり大きくないけど、強い魔物だと聞いたことがある。


 腕力が強いけど、中・遠距離の方が得意だと。


 例えば……。



 魔獣が立ち上がり、両の拳で自分の胸を叩き始める。


 ドラミング?だっけ?


 おそらく、音に関する呪詛。



 前に出て。


 僕の瞳が赤く輝く。



『ぐぺぇ!?』



 奴の腕と胸周りが弾け飛んだ。


 再生が始まるが、速度はあまり早くない。



 呪いがぶつかったら、より強い方が勝つ。


 僕が返したから、後ろには被害はいかない。



 僕に宿っているのは、かつてお前が滅ぼした、半島丸ごとの宿業。


 人も魔物も、全部だ。


 彼らの飢えを、甘く見るなよ?



 ではこの隙に。



 距離を詰め。


 潜り込み。


 両の腕を廻す。



 手にわずかに、奴を引っかける。



「――――計天廻都(けいてんかいと)



 巨体が宙に浮き。


 上下がさかさまになる。



「 伏 せ ろ 」



 地面に叩きつけられた東宮が、頭から自発的に地にめり込んでいく。


 そのまま頭部を、すり潰されていく。



『びぃいいいいぃ――――…………』



 細胞単位で細かく潰されて、口のあたりまではなくなってくれた。


 一応、ちゃんとそこが発声器官なのね。


 静かになってよかったわ。



 それ以上は再生が追いついたのか、削れてはいかないけど。



 めり込み、すり潰されるのと。


 再生が拮抗し。


 頭だったところが接地したまま、動かなくなっている。



 見て気持ちのいい光景ではないなぁ。



「…………やりすぎたかな?」



 こいつは、リィンジアが使ったビームの別の形の技。


 彼女のそれは「計都星(けいとせい)」という。



 輪廻転生を模した技で、あっちはちょっと廻りが甘くても出せる。


 完全な周天、道との合一を果たしていなくても成立するんだよね。


 ちょっと派手なのが玉に瑕だけど、活殺自在の便利な技だ。



 けど殺す以上のことはできない。


 今の場面で使ったら、即時再生されていただろう。



 僕の技は、本気で強制的に転生させる、そうだよ?


 相手が死んだあとは観測できないから、末路がどうなるかはわからないけど。



 ただ因果が決まるから、こうやって無理やり抵抗しようとも、その結末に縛られる。


 「動かすな」という注文は達成できたな。



 しかし我ながら、よくわかんない技だ。



 そういうもの、という知識はあるのだけど。


 やっぱり原理とか詳しいことは、よくわかってない。


 わからなくても使えるから、それでいいんだけど。



 …………これでも消滅しないとか、こいつほんとどうなってるんだろうね。



「あとは頼んでいい?」


「任せてちょうだいな。見ててね」



 得意げに笑う、シフォリアと交代。


 彼女は刀を……あれ?鞘に入ってる。


 鞘、あったんだ。いつも抜き身で持ってたけど。



 鞘に収まったままの刀を左手に持ち、腰を落とし、構えて。


 これは音に聞く、居合というやつかね?


 シフォリアの右手が、霞む。



「――――みっつ。彼岸より那由他を数え」



 ぎりぎり知覚できる範囲の……多量の斬撃が、結晶の獣に襲い掛かる。


 結晶が少し削れては、元に戻っている。


 いくつか、折れた刃が飛び散っている。



 折れるたびに戻し、また斬っているのだろう。



 …………というかいまの、何回斬ったの?



 シフォリアは一度納刀し、また構える。


 冷たい風が広がる。



「――――ふたつ。彼方より刹那に至り」



 シフォリアの右手が、閃く。


 霞むというより、少し今、光ったような……。



 獣の手足が、端から無くなっていく。


 刃が、折れて飛ばなくなっている……。



 斬りながら、より早くなっているというか。


 たった今、激しく鍛錬し、先に至っているというか。



 再び刀を納め、シフォリアが深く息をする。


 冷気が、濃くなる。



 獣の手足が戻っていく。



「――――ひとつ。此方には涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)



 確かに彼女の手が輝き。


 しかしすぐ、止まった。


 右手に刀を持ち、自然に構えている。



 獣の体が弾け。


 しかしすぐ戻る。


 計天廻都が効いてるから、頭はないし、姿勢は元のままだ。



 ……あれ?今何か、黒いのが奴の体に入り込んだような?



「ぜろ」



 シフォリアが静かに、刃を鞘に納める。


 小さく、金属の合わさる音がする。


 ――――はっきりと、寒い。凍えるよな、空気が満ちる。



 奴が倒れた。



 ……え。頭も戻ってるんだけど。どういうこと?


 しかも東宮はすぐ起き上がって、こちらを一瞥し。


 あ、跳びやがった!すごい勢いで逃げてく!



「ちょ、シフォリア!!」



 こちらを振り向く彼女が。


 薄く――――艶やかに笑う。



「ここに至れり」


『ガッ!?』



 え。魔獣が、空中で完全に止まった。


 物理法則、無視してる。


 動か、ない。



「――――ひとつまえ。無間」



 すっと髪をかき上げる、シフォリアの声が静かに響く。



「地獄巡り」



 奴の体の中心から、黒い何かが広がり。


 その身を中に飲み込んで。


 小さな玉になって。



 落ちて来た。



 屋敷の跡に落ちたそれは。


 音や見た目からすると、小さく柔らかいボールのようでもある。



「なにしたのそれ……」


「わかんない。


 たぶん、地獄を作って閉じ込めた」



 いみわかんない。


 僕は考えるのを放棄した。



「どうせ死なないしね」


「これでも死なないとか、相変わらず気持ち悪い……」


「まったくだ」



 憂鬱だなぁ。


 思わず空を見上げる。



「……まだかな」


「ダンジョンだから、到来が遅いんじゃ……ああ、来た来た」



 銀と金の光が、しんしんと降り注いでくる。



 二人、進み出て。


 地面に落ちてる、黒いそれに近づく。



 …………何か、玉から少し声が聞こえる。


 出せとか、なんで、だとか。


 まぁ気持ちはわからんでもない。



 だ が い や だ ね 。



「おい」



 少し、黒い玉が震えたように見えた。


 声がなくなる。



「お前の遊びは、これで終わり」「残念だったね」


「二度と来ないで」「こっち見ないでほしいな」


「「気持ち悪いんだよお前」」


「ヒッ」



 小さな、悲鳴のようなものがした。


 ふふ。ちゃんと聞こえてるようで何よりだ。



 人を、魔物を、大量におもちゃにして。


 僕やシフォリアの未来では、それこそ半島中を遊び場にしやがって。



 ただただ、悍ましい。



 こちらの時代でも、好き放題やりやがって。


 お母さまがめっちゃくちゃやってなんとかしなければ、大変なことになっていた。



 赦しなど、あると思うなよ。



「ソル」「ルナ」



 僕らが黒い玉――その中の東宮に手を向けると。


 小さな光たちが、くるりと。


 そいつを見た。



「「地球より『揺り籠から墓場まで』を通じ、この世界を観測する神。


 そのうち、干渉に踏み切った邪神の一柱、神主・東宮を。


 滅せよ」」


「ぁ――――」



 驚くほどあっさりと。


 その玉が。奴という存在が。


 消えてなくなった。



 …………未来では結構、苦労したんだけどな。



 いや、あの時は僕、一人だったか。


 そりゃ大変なはずだよ。



 なにせ今は。


 頼もしい、僕の大事な人がいる。



 シフォリアを見ると。


 ……こっちを見て、にこっと笑った。



 ん。かわいい。



 彼女から視線を外し、そっと胸に手を当てる。


 ……ようやく終わったよ。シフォリア。僕の妹。


 僕はもう、大丈夫だ。



 今は、ちゃんとご飯も食べられるんだよ?


 お母さまが作ってくれるの、とってもおいしいんだ。



 支えてくれる人もできた。


 僕はちょっと、人の枠を踏み越えちゃったけど。


 きっと……ずっと一緒に、歩んでくれる。



 長い。永い、旅だった。



「これで、お仕事は終わり、と。


 干渉も無くなりますね」


「「「…………」」」



 ん?なんで三人そろって沈黙したんだろう??



 あれ?ソルと、ルナたちが浮かび上がって……。


 どこかに、向かっていく。


 どこへ?



「残念ながら、いるのだよ」


「え?」



 スノー叔母様が、光を見上げている。



「この世界に干渉を行っている者が、もう一人」


「いったい、誰が……あ」



 あの日。


 ハイディお母さまから、聞いた、話。


 じゃあ――――



「ストック、おかあさま……。


 もう、かえっちゃう、の?」



 スノー叔母様は、そっと目を伏せた。



「そしておそらく、帰ってはこれまい。


 お別れだ」



 え?



「そんな。だって、ハイディお母さまは!」


「クエル。世界の移動を、精霊は許さないわ。


 ただの外部干渉者であった、神主すら念入りに排除しようとした。


 ストックは例外。でも彼女は帰され、戻ってこない。


 ハイディがそれを追いかけることも、許されないでしょう」



 そんな、はずが。


 だって!


 ハイディお母さまは!!



「ソルとルナの契約者なら、それは。


 分かる、はずだ」



 おばさまたちも、辛そう、で。


 そんなこと、いったって。



 ルナの声は何か、ノイズが多くて、今は。



「ソルは、こう言ってる」



 天を見ながら、シフォリアが。


 僕の、大事な人が。


 そっとこぼす。



「『王は、お選びになった』」



 …………どういう、こと?


このまま、最終話群Yに続きます。


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