X-A-1.聖暦1091年、夏。ダンジョン深度5。止め。【クエル視点】
――――君がいたから、ここまで辿り着けた。長かったね、シフォリア。
僕たちはこの時間に来てから。
時間をかけてダンジョンおよび、その最奥。深度5の探索を進めていた。
以前に見つけていた場所の近くに。
シフォリアの斬撃で突入する。
深度5は……もはやもう一つの地上だ。
広大で、なぜか陽光も差しており、森や山どころか、海や川もある。
なんといえばいいんだろう。
深度1~4は柱というか、竪穴というか、そんな感じで。
この深度5と地上をつないでいるイメージ。
地上に出入口がたくさんあって。
そこからダンジョンが広がっていて。
最終的に、この深度5に出てくる。深度5側にももちろん、たくさんの門がある。
ここに来た理由は簡単。
「…………同じとこに隠れる習性があるのかな、こいつ」
「じゃないかなぁ。僕んときもここだったし」
僕のいた未来では、半島から魔力が尽きた。
けど門は不思議と閉じなくて。
その先は、魔力の枯渇して、魔物も何も出なくなったダンジョンで。
ただ深度5だけ、今と同じような、別世界だった。
そこに屋敷を立て、引きこもって、結晶を研究していた奴を見つけて――引きずり出し。
地上へ持って帰った。
門のそばに建つ、一棟の屋敷。
二階建てで。確かあいつは二階に住んでたはずかな。
中には魔晶人もうようよいるようだ。気配が気持ち悪い。
魔獣は、ここにはいないみたいだけど。
「魔晶人だけ。100くらい」
「あいよ。外は?」
「いない。魔物の方々に、寄らないように言っておいた甲斐があったね」
「かなり長く襲撃されてないから、見張りも立ってない、か。
楽でいいねぇ」
何度か、この屋敷の探索ついでに、各所から深度5には出入りしてる。
で、その折にちょっと魔物と交流を重ねて。
顔の広い魔物に、屋敷に近づかないように情報を広めてもらった。
吸収されちゃうから、勝ち目ないし、やめたほうがいいと。
話を聞いてくれた者ばかりではなかったとは、思うけど。
それでも、こいつらが警戒しない程度には、ここは静かになったようだね。
ああ、今更だけど。
深度5の魔物は普通に話が通じる。人間食べたり、襲い掛かったりしない。
食料の魔力が、満ち満ちてるからね。
むしろ人より長く生きてるせいなのか、理知的なんだよね……。
それぞれに合わない生態や性質、呪いを抱え、それでも逞しく生きている。
彼らは滅茶苦茶強いから、こんな屋敷、吹けば飛ぶんだけど。
連中に報復戦を仕掛けられると、被害は洒落にならない。
僕らが始末をつけるという話を、信じてくれたのもあるのだろうけど。
この点、こちらの思惑通りにいっているのは、ありがたい話だ。
見つけてすぐ突入してもよかったんだけど。
ちょっとあの魔獣どもがここにいると、神主に逃げられる可能性が高かったんだよね。
一度奇襲して逃げられると、後が大変だ。
それは避けたかった。
だから「奴らが大きく動く」タイミングを、待っていた。
「で。私らがやっちゃって、いいんですね?」
後ろからついてきていたお二人を、振り返る。
立ち会ってくださるという、スノー叔母様と、ビオラ様。
「そういう約束よ。存分にやりなさい。
そして気を付けてね。
クエル、シフォリア」
「私たちがいるから、安心して思いっきりやりなさい」
「「はい!」」
シフォリアと顔を見合わせ。
頷き。
まず僕が、屋敷の外壁に触れる。
「――――菩薩掌」
屋敷が、粉々になる。
埃のような細かい粒子になり、舞い散る。
自分でも原理がよくわからない……円環の掌底。
発勁という打法とは違う、本当に撫でるだけの技。
結晶体や……奴が落ちてきた。
「んなぁ!?」
汚い悲鳴が聞こえる。
「――――乱麻払刀。雪月花」
シフォリアが、刀を振り終えた姿勢で固まっている。
残心、というやつかな?
結晶がすべて粉々になった。
……魔獣じゃないから、こんなもんか。
「うわぁ……姉上の子、こっわ」
スノー叔母様が引いてる……。
…………。
僕らが研鑽の結果、身に着けた技ではあるけれども。
文句は、お母さまに言っていただくということで。
「はへぇ!?なんだおま……銀髪!悪役令嬢か!?」
んなわけあるか。
ストックお母さまがここにいたら、貴様はもうばらばらにされてる。
あの人、こういうとき動くの早いんだよな……躊躇いがない。
ハイディお母さまもだけど。
「やってやる!やってやるぞぉ!僕の成果を見せてやる!!』
ああ……初動が遅いとこういうことになる。
わかってるんだけど、体は咄嗟に動かないなぁ。
面倒な。
よくわからない巨大化をし、20mほどの巨人になった神主。
結晶と、魔物の皮膚に覆われている。
でも結晶は、こないだ見たあの人みたいなのじゃないな。
あれは本当にすごかった。
それと戦ったストックお母さまもだけど。
しかしこいつ、言葉の割にはこちらを舐めているな?
なら大丈夫か。
シフォリアが歩み出て。
その身に拳が降る。
「――――明神返刀。不動剣」
その手がシフォリアに当たった瞬間。
巨人が、バラバラになった。
凍えるような闘気が伝わってくる。
…………僕、出番なかったかな。
「じゃじゃあ、こ、これだ!!」
おっとこれはいけない。
思ったよりしぶとかった。
東宮の体が、結晶に覆われ――四足の獣になっていく。
魔獣だ……しかも完全体になりかけている。
後ろのお二人が危ない。
まだ変身が終わり切らぬうちに。
さっと近寄り。
「――――菩薩掌。双反」
右手と左手。両方を押し付けて。
正反対に、廻す。
なりかけの魔獣が、引き裂かれるようにバラバラになった。
『ぎゃあああああああああああああああ!!』
ああ、そりゃ痛いか。
むしろ今、どこからそれ叫んだんだ。
口なくなったと思うんだけど。
…………あれ?それはおかしいような?
「クエル!」
叫ぶシフォリア。
何かの到来を感じ――――
もう再生していた魔獣らしきものは、地に叩きつけられた。
そうか。再生速度が尋常じゃないのか。
でも僕はこれでも、化勁――受け流しは得意なんだよ。
残念だが、即攻撃は悪手だったな。
だが砕けなかった。
さっきよりずっと硬い?
いや、そんな手応えじゃなかった。
何か秘密があるんだろうか?
少し下がる。
入れ替わりに、シフォリアが突っ込み。
「――――乱麻払刀。雪月花」
倒れ伏していたそいつを、確かに斬った。
だが……彼女の刀の、先がない。折れてる。
結晶の獣は、健在。
しかし、起き上がろうとして、倒れた。
足が歪に削れている。治りかけ、のようだ。
シフォリアが下がる。
「こいつ、中の東宮と再生能力が繋がってるんだ。
しかも、魔獣の力と呪いを受けてるのか、早い」
斬れなかったんじゃなくて、切断と再生がかち合ったのか。
シフォリアの手の中で、折れた刀身が戻っていく。
こちらは無傷。あちらの攻撃はまず効かない。
だがこちらの攻撃は、有効打になっていない。
倒し続けながら活路を見出すしかない、けど。
あまり時間をかけると、逃げられる可能性も出てくる。
こいつはなんか、逃げ足が速いというか、運がいいんだよね。
油断できない。
まずもって、奴を無力化しないと。
でないと、止めのための彼らを呼べない。
しかし呪いが混じっている、となると……。
スノー叔母様をちらりと見る。
叔母様は確か、紫電雷獣の使い手。有効打となるかもしれない。
あと、ビオラ様も切り札があるんだっけ?
だが。
「シフォリア。どう?」
「ちょっと試したいことがあるんだけど。
あいつ、動けなく出来ない?」
動きを封じる、か。
なら……今の奴に、うってつけの技がある。
「できる」
シフォリアがにやり、と笑った。
「クエル、あいつは私たち二人で」
「うん。必ず倒そう」
僕らにだって、意地がある。
そしてこいつに滅茶苦茶にされた未来の、恨み辛みがたっぷりある。
前の時間で、多少こいつを嬲った程度で――それは晴らされてなど、いない。
決着は、僕らの手で着ける。
次の投稿に続きます。




