20-8.同。~かつての悩みの成果を、娘に授ける~
~~~~そら飢えなくなるってのは大事だが、敬われるのはピンと来ねぇなぁ。
もてなした後。
部屋に一度戻るというと、ストックがついてこようとしたが。
なぜかリィンジアに捕まっていた。なぜだ。
用があるらしいので、一人パンドラ内の私室まで戻る。
やっと見つけたのに……。
しょうがない、あとで来るそうだし、しばらく待つか。
広めにとった、一つの部屋の扉の前までやってきた。
ここは、ボクら家族の部屋だ。
エルピスの方が、ボクとストックの寝室。
パンドラに別に部屋があって、隣は娘たちが寝泊まりしている部屋。
今はクエルとシフォリア、別々の部屋にしてある。
押し倒しそう、とのことなので。
部屋の鍵を開け、念のため扉を軽く叩き。
ドアノブに手をかけて。
『ひゃ!?』
…………クエルの声がしたわけだが。
ちょっと共用部からするには、艶っぽいねぇ。
「……クエル。待った方がいい?」
『す、すぐに!!』
少し、物音が続いて。
内側から、扉が開いた。
「ど、どうぞ。僕はそのちょっと!」
「ああ、クエル」
すれ違おうとする娘を、ちょっと呼び止める。
「ひゃい!」
そんなに慌てて出て行こうとしなくても。
言及するようなものでもないが……そうだな。
部屋を分けてまで我慢しているのなら、一つだけ。
ただ耐えるだけではない、先に進むきっかけを、あげよう。
「君らはもうそうしても構わないんだ。成人だからな。
ただ大事だから、確認はしなさい」
着衣がまだ乱れているので、直してあげながら告げる。
「ぇ。なんの、確認、でしょう」
「ひっついて、生理的嫌悪がないか。
試しに、君の妹のシフォリアで想像すればわかるよ?」
「いもうと……」
クエルの実妹のシフォリアと、この船にいるシフォリアは別人。
クエルはしばし考えたようで……口元を手で押さえた。
「大丈夫かい?」
こくこくと頷く。
「悶々とするくらいなら、何らかの方法で伝えるといい」
「その……ひょっとしてお母さまも、その。悩まれたんですか?」
も、ねぇ。
しかしこう、欲求ご不満のようだからひょっとしてとは思ったが。
娘もいろいろ悩んでるようだな。
「ん?ボクは異性愛者だしね。
何でストックのこと好きになったか、最初はわからなかったんだよ。
別に性対象が変わったわけじゃなくて……結局、ストックだからいいってだけだったけど」
「シフォリアは、その」
「ボクは君もシフォリアも、異性愛者だと思う。
ストックとは振る舞いがだいぶ違う。
でも惹かれ合ったというなら、そりゃ十分な理由があるはずだ。
ボクの経験上ではそれは、むしろ寄り添わないとわからないよ。
一人で悩むくらいなら、二人で。
嫌がられたりなんかしないから、いっそ触れてみなさい。
君がそうしたくない、というなら別だが」
「ぃ、ぃぇ。そんな、ことは」
「では考えておくといい。
本人も来たし、またの機会にね」
廊下の奥からこちらにやってくる、シフォリアが見える。
「んえぇえぇぇぇぇえええ!?」
落ち着けやお姉ちゃん。
「どしたんです?お母さま、クエル」
「さしたことじゃないよ。そういえば二人とも、今日は何の用事もないの?」
「今は『待ち』です」
ほほぅ。もう動かない、と。
この子たちのターゲットは、神主・東宮。
それが見つかって、攻め込む機会でも伺ってるかな?
となるとおそらく、同じタイミングで動くことになるだろうな。
ボクにしても、ある種の待ち、だ。
向こうが仕掛けてくるのを待っている。
こちらは迎撃に専念し、逆撃は娘たちに任せればよさそうだ。
「わかった。英気でも養っておくといい」
「はーい、クエル分を補給します!」
「うえぇぇ!?」
「嫌じゃないならそんな声上げない。
ボクは特に用事ないし、連れてくと良い。
少し、部屋で休まさせてもらうよ」
「お母さまがきゅう……ははーん。ごきゅうけいってやつ」
「分かってても言わないの。
ぽっかり時間が空いたから、ストックを待って……。
そうだシフォリア」
ボクは回診に持ち歩いていた書類の中から、二枚ほどを取り出し、渡す。
「これ。手順をよく読み、覚えたら捨てておきなさい」
界渡りの情報なんて、残しておいていいものじゃないしね。
「…………わかりました」
シフォリアは黙読し。
誰もいない、広めの方向を向き直って。
虚空から取り出した刀で、紙を粉にした。
掃除は……まぁいいか。この後やっておこう。
「では。任せたよ、クエル。シフォリア」
「「はい!」」
次投稿をもって、本話は完了です。




