9-2.同。~君の……あるいは我らの宿敵の話~
~~~~準備も万端。穏やかな旅立ちで、とても良い。……何も起きないよな?
今日もぐんにゃりしているストックを見る。
…………。
かわいい。
じゃない。落ち着けボク。
大丈夫かな。具合悪かったりしないだろうか。
「暑かったり、気分悪かったりはない?」
「いやまったく。……だらけすぎか?」
だらけてるだけか。ならいいや。ぜひそうしてもらおう。
「うん。でもそのままでいて」
「どういう了見だ……。それで?」
前振りなのはわかってもらえたようで。
何か緩み切ってるから気になったのも、本当だけど。
リラックスできてるだけか。そうかぁ。
「ん。前の時、どうやってタトル公爵はヴァイオレット様を倒したの?
戦闘能力じゃ、どうあがいても敵わないよね?」
ストックの目に、確かな憎悪と……後悔の光が宿る。
「ああ、そういうこと……」
「そういうことだ。我ながら、情けなくなる」
何を仰る。詳細は想像の域を出ないが、この子が捕まって盾にされたんだろうけど。
それはストックのせいじゃない。
「当時の君は、普通の10歳児やんけ。
悪いがそこは、大人が情けないと嘆くべきところだ」
まぁヴァイオレット様を始め、皆悔いたことだろうから、野暮は言わないが。
子どもだった君が、抱える後悔ではないだろう。
そんなの、周りがよりつらくなるだけだ。
「む……そう、だな」
「だが、今度捕まったら、情けないじゃ済まないぞ?
ボクは君を取り戻しに行って、その足で帝国を滅ぼすからな」
ストックが吹いた。
「ぷっ、くく……」
肩を震わせてめっちゃわろてる。
「あれか、想像しちゃったんか」
こくこく頷きながら、おなか抱えてる。
「帝国を更地にすれば、この半島は簡単に平和にできる。
絶対やるから、忘れんなよ?」
「それは大変だ。忘れないようにしよう」
戻ってきた。目の端に涙が浮かんどるし。
憎しみの色は、もうない。
そうそう。それでいいんだよ。
ボク以外のものを、そのきれいな瞳に映すなや。
「で。実際戦闘になったら、何に気をつければいい?」
「ん……私の極震発勁程度では、さすがに倒せない。
王国の魔導師と比べれば最低限の強さしかないが、通常の魔導師範疇なら上澄みだからな」
「そうだねぇ。でもその実力だと、ボクら今でも二人がかりで倒せるぞ?」
「む……ハイディ?」
おっとそうか。ボクの方は見せてないんだっけ。
「君と同じだよ。一撃までならできる。ただ、ボクの場合は大型でも必殺だよ」
「先を越されたとは何だったんだ」
「いや、ボクは雷光の武を授かったんだけどね?
技法を使うと自分が痺れて、呪法とか一瞬で解けるんだよ。
曲がりなりにも、ちゃんと使えてるストックには及ばない」
「それでなお大型の魔物にも有効ということは、繰り出すのがよほどの技なのか?」
「まぁそうだね。呪文については聞いてる?」
「……お前の方が先じゃないか」
引かれた。ふふん。
まぁボクの実力ではないけど。
「ボクの方が業が深いだけだよ。
未来で溜まった宿業が大きすぎて、簡単に呪われた。
それで、現状戦力から考えると?」
「……打倒は無理だ。撃退は可。逃げられる」
「ひょっとしてあの亀、聖域の転送路管理してる?」
「ああ。私が把握してるだけで、三つ」
「うげぇ」
げんなりして、つい淑女にあるまじき声が出た。
中型以上の神器船にある転送路は、特定魔力波長を管理権限として登録しておくと「緊急転送」が使える。
転送路自体が当分使用不可になる代わりに、どこからでも拠点に帰ることができる。
管理権限自体は船を動かせなくても登録できるので、要人に権限付与し、代わりに援助をお願いしたりもする。
中型神器船の緊急転送は、転送路を開くのにちょっと時間がかかるから、それで逃げようとしても転送が終わる前に倒せる。
ただ聖域の転送路には、転送が一瞬で終わる「裏道」があるんだよな……。
仕様にはない機能だ。ボクも実際にそれで逃げられるまでは、知らなかった。
そして厄介なことに、帝国貴族はこいつを濫用してくる。
聖域がたくさんあるから、倒したと思ったら、逃げられる。
拠点に強襲するのがいいんだけど、複数拠点持ちなら別のところに逃げられてしまう。
クレッセントの仕事絡みで別の四聖と対峙したことがあるけど、何度も倒さなきゃいけなくて大変だった。
結局、本人に気づかれる前に強襲して倒せばいいとなって、首を刎ねた。
意外に楽勝で、それまでかかった苦労と経費が重くのしかかる結果となった。
「前のときは、転送路を先に潰したの?
それとも、奇襲して倒したの?」
「いや、管理権限をはく奪した」
なるほど。タトル公爵を先に暗殺したんじゃなくて、爵位を奪ってから殺したのか。
どんな手を使ったかの想像はつくが、当時子どもの身分でよくやったなぁ。
ストックはほんと、時間を与えるとたいがいのことは何とかしてくる。
ボクらをドーンの巫女にしたりとかね。
何をどうやったんだか想像もつかないし、きっとこのまま10年も経つと、ボクはお嫁さんにされちゃうんだろう。
…………未来が楽しみというのは、ちょっと初めての感情かもしれない。ふわふわする。
いかん、顔に出そうだ。
気を取り直して、話に戻ろう。
「ん。その手は今回、使えないか」
「ドーンで一度撃退すれば、数年は攻め込めない。
そも、攻め込んだ手段がすべて明らかになれば、再侵攻は数十年難しくなるだろう。
戦略としては、それで十分だと思うがね」
「むむむ。根は断ちたいところだけど……」
「それは我らのすべきところではないし、大人がやらなければならないことだろう?」
おっと、そう来たか。
そういえばこの話は、ボクだけが聞いてるわけじゃないんだもんな。
「…………そうか。君、全部言うとるんやな」
「そういうことだ。陰謀すべてを防げるわけもないが、好き勝手にさせるほど、王国貴族は大人しくない」
「ふーん。なんか君、のんびり構えてるなと思ったら、そういうこと。
相変わらず、人に仕事を任せるのがうまいね?」
「子どもなんだから、それが仕事さ」
かっこつけやがって。
こんな頼りになる子どもがいるかよ。
次の投稿に続きます。




