17-4.同~だが宿敵の矜持には、礼を尽くす~
~~~~好き勝手人の体を使いやがって。けじめはいずれ、つけせる。
「ぁ、無事、だったんですね……!」
意識のはっきりしてきた様子のエイミーが、声を、あげた。
彼女の見る先。この区画の隅の方に。
長い白髪の、老人のような、男がいる。
いつの間に。
いや、それよりも!
限界、ではあるけれど。
いつものように、僅かに瞠目し。
深く息をし。
呪いの籠った紫の魔素を、放つ。
空気中の魔素を制御し、無理やり体を起こしにかかる。
「お、おかあさ」
「下がれ、シフォリア」
「へ?」
身を起こし、対峙する。
時折……奇妙な光沢が、見え隠れしている。
結晶だ。
かつてのそれと、比較にならない、薄さの。
「仕事は果たした。
報酬を受け取らせてもらう。
――――構えろ」
間違いない。
こいつは元帝国タトル公爵……ディックだ。
ボクらに再戦を挑む、ってことか?
…………気になることは、多い。
だが、集中しろ。ハイディ。
このほんのわずかな、邂逅の時間で。
ボクはすでに、何度殺されたかわからないぞ。
こいつの速度、膂力はきっと、あの時の比ではない。
ディックはこないだ洞窟で見た、丸太より。
ずっとずっと、強いんだ。
「みんなもだ。手を出すな。
クエル、シフォリア。
やめなさい」
戦闘態勢に入ろうとする二人を、止める。
こいつは「構えろ」と言った。
なら、構えた奴は、叩きのめされる。
「でも!」「お母さま!」
「だめだ」
「「ッ」」
強い否定に、二人が口をつぐむ。
……ごめんね。
君たちが相手だと、きっと殺してしまう。
ディックは「今の立場」が分からない。
四年前、クラソーが連れて行ったし。
その後、スノー配下で動いていたとして。
王国で万が一立場を与えられていたら、王国人同士の戦闘になる。
構わないからやってしまえ!などとは。
少なくとも、自分の娘には、言えない。
そっと赤い腕輪についた、スイッチをいくつか操作する。
反応が……返ってきた。
――――よし。さすが相棒。
「ストックを呼べ」
「急かすなよ。今、来るさ。
『救世の 獣よ。立って』――――」
中空にまだらの空間が現れ。
そこから蒼い神器車がやってくる。
前後の節で分かれた後部が、変形し、ボクの体を包む。
前半分もまた、人の形になって、降り立った。
「「『進め』!!」」
ボクは魔素を展開し、鎧を起動。
もう一つの鎧も赤い宿業が渦巻き、立ち上がる。
先の腕輪のスイッチは、ネフティスの状態を遠隔で知るためのもの。
そうして車内の状態を確認し、呼んだわけだ。
二手に分かれたとき、ネフティスがあるなら車内にいること。
そう取り決めてある。
ネフティスをコールすれば、即参戦することが可能だからだ。
『ディック』
ストックが静かに構える。
ボクもそれに、倣う。
「問答は無用。
いざ」
枯れ木のようなその体が。
消える。
光速であろうとも知覚認識する、ボクの五感から外れ。
ストックに迫る、煌めく何かが。
彼女を吹っ飛ばした。
よろいが、こなごなに、なる。
ばか、な。
精霊の加護も宿ってる鎧だぞ!?
不壊ではないが、予測硬度通りならディックが破壊できるものではない!!
自分の感じる、止まったような時間の中で。
その中を、手の出しようがない、速度で。
奴が今度は、ボクに、せまり。
速い、行動が、間に合わない!
触れられたところから、鎧が砕かれ。
掌底が、腹部に迫る。
その時。
ディックの腕が、体が、止まった。
赤い何かが、奴の腕を、手首を掴んでる。
急変する事態に、ボクの感じる時間が、少し戻る。
「……すとっく?」
「私の女に、手を出すな。ディック。
お前の相手は――――」
ストックのキュロットの裾が舞い、細高い男の体を蹴り飛ばす。
煌めく極薄の結晶に、包まれたそいつは。
おそらく幾枚かの防御を砕かれつつ、下がらされた。
「この、私だ」
鎧を砕かれた生身の彼女が、真紅の光に包まれている。
薄く、濃く、執念を感じさせる――――呪いの輝き。
ボクは力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「ッ。ハイディ」
「だい、じょうぶ。うん。ストック」
本当は、ダメ。
もう腰抜けちゃって、力入んない。
怖かったとか、そういうのじゃない。
君の力強いその瞳と、赤から。
目が、離せない。
「勝って」
だいすき。
「任せろ」
ボクのお嫁さんが。
知覚できない彼方へと、走り出した。




