17-3.同~怨敵に温情はかけぬ。死ぬように生きろ~
~~~~ちっ。逃げられた。それに、ボクの消した、記憶。いったい誰が覚えて……否。誰が覗き見ていた?
ピコマシンにアクセス。
右腕が急速に、再生されていく。
落ちている神器・聖人を操作しての治癒だ。
足先で刀身を踏んで。
宙にあがった刀の柄を、戻った右手で掴む。
……体に少しだが、結晶になった箇所がある。
この神器は、結晶化の治療すらできる。
せっかく生成したことだし、しばらく持っておくことにしよう。
キリエ・ファイアとフィリアル・フリーが立ち上がっている。
神主たちが、にやにやしている。
いや、状況は思いっきり悪化しただろう?どういう情緒だ、それは。
しょうがねぇ。
久しぶりに、体崩れない程度に本気出すか。
今なら4か5くらい行けるやろ。
心配そうなシフォリアに向かって、聖人を放り投げ。
笑いかけて。
即座に魔素と呪いを開放。動き出す。
キリエとフィリアルが、二人のボクに反応し、それぞれ迎え撃とうとする。
そしてボクは。
その二人の間を静かに走り抜けて。
「がぎゃっ」「はぴゃ?」
分身が、中宮の額を貫手でつらぬいて。
西宮の後ろに回ったボクは、両手で左右から奴の頭部を刺した。
分身は魔素に気配を被せたものだが、これで実体があり、簡単なことならさせられる。
西宮の肩口から見える向こうで、シフォリアが刀を受け取り、呆然としているのが見える。
分身が、細かく手を動かす。
「ろroろロロろ『ロールプレイ解除』じぇ」
手が引き抜かれ、神主が倒れ伏す。
残りの分身も消え。
キリエとフィリアルは、額を手で押さえている。
あとはボクが指を頭に差し込んでる、この西宮だけ。
痙攣して気持ち悪いので、はよ始末をつけたい。
だが今この場で、ボクだけの意思でそれを決めては、だめだ。
少なくとも、二人には聞かなくては。
キリエとフィリアルを見て。
「さて、一つ聞きたい。
意味がある質問とは、思えないがね。
こいつのアーカイブを解除すると、君らは消滅すると想像する。
質問は簡単だ。もう死にたいか――――まだ生きたいか」
どういう原理かはわからないが、アーカイブの力で二人は元に戻ったと見える。
完全解除したら……生きてはいられないだろう。
「生きたいに決まってるでしょう!?」
「もう、無理やり力を使わされるのは嫌!!普通に……いきたい」
ん。ロールプレイが解けたせいか、まともな答えが返ってきたな。
おそらく。
この子らはかつてウィスタリアたちと、友であったのだろう。
そりゃあノリッノリで神主連中に、力を貸していたはずもなく。
やはり弄ばれただけ、ということだろうな。
「怖い思いさせて悪かったよ。ごめんね」
指を抉り込んでから。
引き抜く。
「ぴゃ」
西宮が、中宮の上に折り重なるように倒れた。
傷は復元されているが、細かく震えながら蠢いていて。
人としての意思は、ないように見える。
「えっぐ」
「お母さまその……どうなったんです?それ」
「簡単には滅ぼせないんだろ?
だから、生まれ変わってもらった。
何もできない、人間に」
どっかのやつがやってた、魔素汚染ってやつだ。
あれだけ拙くても、人を操れるわけで。
まぁ……その道で武に至った者がやれば、こうなる。
こっからでも、治せるのは治せるんだけどね。
ま、ボクがやっとくのはここまでかな。
ほんとなら、話を聞いて情状酌量の余地があるか、考えるところなんだけど。
こいつら、たぶん喋ったり動いたりするだけでアウトだ。
何されるか、わかったものじゃない。
だからあとは、スノー辺りに頼もう。
娘たちに背負わせるもんでもないしね。
精霊に東宮の仲間判定されたら、異物と判断されて消されるじゃろ。たぶん。
そんなことより。
「エイミーは……大丈夫そうだね。よかった」
もう、薄っすらと目を開けてる。
腕も生えてるし、傷もない……ね。
クエル、まだ謎の力持ってたんか。言おうよ。
改めて、辺りを見渡す。
敵の気配も、ない。
「キリエ・ファイアと、フィリアル・フリーだね?」
「ええ」「そうです」
二人にはまだ、怯えの色が残ってる。
……ちょっとえぐい真似しすぎたかな。引かれてるよね、これ。
「君たち六人の身柄は、パンドラで預かる。
三食昼寝付きで、しばらく過ごしてもらおう。
ウィスタリアとリィンジアは、知っているね?」
「そうだけど……なぜ、その」
とても躊躇いがちな声でかけられた言葉を……引き継ぐ。
「温情をかけるかって?
ボクが、こいつらに情をかけたように見えるかい?」
手で、微妙に蠢いている、成人男性大の何かを示す。
「いえ……」
キリエもフィリアルも、やっぱりめっちゃ引いてる。
「こいつらは怨敵で、君たちは友達の……友達だ。
普通に、人間として扱う。
それだけ。
あの二人に、世話をさせる。
質問は?」
「ない……思いつかないわね」
「その、質問では、ないの、ですけど」
少し震えた、声。
フィリアルの頬に、一筋。
「ありがとう、ござい、ました」
…………奴らがこの子たちを、わざわざ作ったのは。
戦力よりもおそらく……正語りと予言が狙い。
無理やりいうことを聞かされて、力の行使を重ねていたのだろうな。
「ゆっくり休め。
その力は使いすぎると、得難い苦痛に襲われると聞いている。
同じ能力者や、治療のできる者を手配する」
「はぃ、はい……!」
膝をつき、フィリアルは泣き崩れた。
……あちらのメアリーも、そうだったんだろうな。
適当に置いてきちゃったよ。ちたぁ優しくしてやるか。
「あなたのほうが、ウィスタリアたちよりずっと聖女らしいわね……」
キリエは呆れるような、感心したような顔だ。
そしてやはり、がっつり面識があるのか。
「あの二人は人が生きるのも難しい時代に、道を切り開いたんだろ?
偉人ってのはそういうもので、ボクはただ人に甘いだけだ。
ああー……で、シフォリア」
「なんでしょ、お母さま」
「後を頼む。あの魔獣だけ、なんとかしてくれ」
ボクも膝から崩れ落ち。
……素早く娘に、支えられた。
ぎゅっと、抱きしめられる。
「お母さま……任せて、ください。
ゆっくり、やすん、で」
シフォリアの目尻にも、涙が滲んでいる。
……娘に、心配をかけてしまった。
とても、胸が痛い。
けれども。
意識は、手放さないで置くけど。
もう体が、限界だった。
そりゃあ、体崩れるような本気、出したらねぇ。
力が抜け、シフォリアの腕にのしかかる。
顔は上がらないけど、なんとか瞼を開けて、見る。
クエルと、エイミーと、マリエッタと。
そしてほっとした様子のキリエに、涙を拭う、フィリアル。
シフォリアも……みな、無事だ。
危ない事態だった。
ある意味、助けられたとは、言えるだろう。
…………だがそれはそれとして。
あいつには、必ずけじめをつけさせる。
ボクにもう一度、友の姿をした者を傷つけさせたな?
知っていて人の心を弄んだこと。
赦しはしない。
その時。
少し気を抜こうとしたボクは。
僅かな足音を、聞いた。




