-1-1.~勇者と魔女~
――――見ないで。
――――――――――――――――
あやつは否と言うだろうが。
これも役目のうち。
観測し、記憶し、語らねばならない。
それは忘れてはならぬ、刮目の時。
この世界が終わり。
始まった時。
――――――――――――――――
変だな、と思ったんだよ。
いつもの旅装の、ホワイトブロンドの彼女。
大型の神器ストッカーを背負って、この山頂まで登ってきて。
その手に一本の、剣があった。
東側から登ってきたなら、魔物はいないはずで。
なら、彼女はなんのために、刃を握り締めていたんだろうか。
ぼんやりとは思っていたけど、私はいつもの調子で声をかけた。
「マリー!久しぶりです。
どうしたんですか?こんなところで」
……本当に、どうしたんだろう。
彼女の反応が、鈍い。
「ウィスタリア……」
??なんで、そっちの名前で???
いや、そもそもいつ知ったの?
最初から私、あなたにはハイディって名乗ってたはずだけど。
「なに?」
「死んでいただきます」
へ?
あまりに唐突で、少し反応が遅れた。
彼女は迅速に間合いを詰め、大上段から剣を振るった。
遅く、隙だらけで、荒々しい。
避ける。
でも死角から手を伸ばして、私の服を掴み。
そのまま腕一本で投げ飛ばしたあたり、マリーは相変わらず戦闘センスが高い。
けど。
「どうして!?」
身を捻って、着地。
問いかけに、彼女は答えない。
「今更私を殺したって、あの水は止まらないんです!
そのためだっていうんなら、聖国に行って――――」
マリーがその身から、膨大な魔力流を発した。
緑の光が流れる。
けどなぜ?人にこれを見せたところで……。
ストッカーから一つ、また一つと武器が引き出されていく。
手も触れないのに……まさか、魔力流を使って!?
こんな技、見たことがない。たぶん、マリーの奥の手。
私の神器は、中腹に置いてきたクルマの中。
油断した……。
とてもこの人がマリーだとは、信じられないけど。
何かあったのだと、思うのだけど。
応戦しないと、殺される……強い殺気が満ち満ちている。
「オーバードラ――――」
「『神力 災害』」
生成しようとした神器が、途中で分解される。
ぐ、あれが使える以上、偽物ということは、ないだろうけど。
会わなかった数年の間に、一体何が!?
彼女の都合13の神器が、中空に浮き、構えられる。
これはさすがに、まずい。
一刺しされたら……超過駆動が待っている。
迫る神器に、やむを得ず切り札の一つを、切る。
深く息をしつつ、魔素制御。
脳を含めて、すべてをコントロールし。
自身の体を、駆動。
滑るように、神器をかいくぐってマリーに迫り――――切り伏せられた。
反対から回り込むように近づいた私は、蹴りで遠ざけられ、その途中で消えた。
彼女の顔に、驚愕の色が浮かぶ。
三つ目。気配と実体を分離し、実体のみで迫った私の。
手刀が彼女の、胸部に迫る。
肋骨の間から、肺を強打する。動きが止まったら、要所点きで倒す。
しかし。
私の放った手刀は、マリーの脇から吸い込まれるように。
否、本当に……彼女の体内に、吸い込まれた。
こちらの手刀に向かって来たマリー。
私の手は柔らかく弛緩した肉を貫き、肺腑を傷つけた。
間近にある、彼女の笑顔に。
私の時間が、止まる。
「ま、りー?」
ずるりと、手が抜けて。
慌てて左腕と、血濡れた右手で、彼女を支える。
「―――ぉ――――ぁ」
何か彼女が言って――――<なんて言ったのか、この時はわからなかった>。
「マリー、やだなんで、どうして!?しっかり……そうだあれを」
ほんの少し回った頭が。
新たな足音に、かき乱される。
思わず、マリーを抱きしめて隠しながら、振り返る。
「ダリア!!っ、助けて!マリーに治癒を……ぇ?」
彼女は歩きながら、二本の杖を掲げる。
ダリアの開発した補助魔術陣が無数に、浮かんでいて。
あれは魔術師が移動しながらでも、詠唱が、できて。
彼女の用意している、あの大魔術は。
魔導の効かないマリーでも殺せる、燃焼魔術。
熱で覆い、閉じ込め、空気を失くして死に至らしめる。
「あんたを殺して、止めるわ」
私だけじゃないだろう!?マリーも死んじゃうんだぞ!!
あなたの、大好きな、マリーが!!
私はいつも、冷静でいる、つもりだけど。
血が、昇った。
判断を、誤った。
「や――――ッ、やめろーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
ロザリオで、親指の腹を無意識に切って、胸元に当てる。
やぶれかぶれな、自身の超過駆動。
無数の神器が宙に出現し、連鎖的にオーバードライブしていく。
私とマリーの血が、混ざりあい。
それは、自分でも信じられない、威力になっていく。
私の神器から、膨大な熱量が、放たれようとして。
もう止められないところまで、来て。
「…………だりあ?」
私は、彼女が、笑っているのに、気づいた。
「まって、待って!やめて止まって逃げてダリア!!!!」
「――――――」
彼女の声を、飲み込んで。
無情に。
神器は機能を果たし。
すべて、壊れた。
ダリアは、光の向こうに……消えた。
光が、収まって。
黒くなっちゃった、ダリアが、倒れていて。
マリーを抱えたまま、這って、近づく。
「ダリア、ダリア!こんな、こんな……ぁ」
腕の中の、マリーが、冷たい。
地面に、すごい、血だまりが、できてて。
私は、まだ熱いダリアの体と。
もう冷たいマリーの体を。
わけもわからず、かき抱いた。
泣いていたと、思うけど。
もう、よくわからなかった。
――――マリー、ダリア。どうして?




