8-5.同。~君の隣。穏やかな場所~
~~~~恋人なんていたこともないし、ボクは恋愛ゲームには向いてねぇな。
ストックがじっとこちらを見てる。
彼女は少し息をついてから、椅子に深く座りなおした。
「で。男性のそれは嫌だったと」
さすがに、自分のがバレバレだったと掘り返されるのはお辛いか?
甘んじて流されてやろうじゃないか。
まぁストックはすごい淑やかなので、言われて見ればってくらいだったけどね。
だから再会した日の夜は、本当に驚いた。
仲の良い友達、ってくらいだと思ってたのになぁ。
留守にされてる間にいろいろ考えて思い出して、ようやくいくつか思い至ったんだ。
「気持ちじゃなくて、表現の方が嫌だったんだけどね。
照れ隠しなのかもしらんが、必要以上にかっこつけられると怖気が走る」
怖気と言えば。さっき「そういう感情向けてくる子はおらんかった」と言ったが。
もし向けられていたら、以降の友達付き合いはお断りしていたと思う。
彼女たちは……ダメなんだ。想像しただけでもNOだった。
想像しては、猛烈な生理的嫌悪と自己嫌悪に苛まれ。
しかし確認のために繰り返すという、苦悶の日々をここ数日過ごしていた。
無駄ではなかったと思いたい。
ストックの、場合は。
同衾しても。手を握っても。たぶん、口づけをされても。
かえって不気味なくらい、何の嫌悪も沸かない。
想像は……その。ちょっと身もだえる羽目になるので、しない。
ボクはこいつの何が特別に、そんなにいいというのか。
何が違ったんだろうか。
仲の良さ、人物、そういったところは、そう遜色ないと思うんだがなぁ。
ボクは、この子を救いたいと執着しているから……普通に考えれば、それのせいだろうけど。
何かそれじゃない、という気がする。ただの勘なのだけど。
その時じゃなかった、というか。何だろう?うまく整理できない。
「それ、私なんか真っ向からアウトなんじゃないのか?」
……?
あれでも格好つけてる方だったのか、ストック。
いやかっこいいとは思うけど、自然だったし。
「君が、差し出したボクの手の甲に、口づけするような子だったらアウトじゃったな?
せんやろ?」
ゲーム元の地球?でそういう文化があるのはわかる。敬意を示すものだっけ?
半島の一部男性王侯貴族で、そういうのが流行っているのも知っている。
夜会などで、女性の手袋をとって、甲に口づけするというものだ。やはり敬意や親愛を表すという。
だが半島の女にそれで喜ぶ文化はねぇ。
なぜなら、女の素手を触りたいという下心が、透けているからだ。
そもそも、女性が装いが必要な場で手袋をすんのは、生傷を隠すことが発端だ。
王国に限らず、半島の貴族は男女問わず戦闘民族だからね。
転じて、女性の素手に触れることには十分以上の意味がある。
特に貴族が絡んでいたら、手でも繋いでいたら良い仲と断定していいくらいだ。
そこをすっ飛ばして口をつけるという行為である。
しかも、人の隠しているところを暴いてまでだ。品がないにもほどがある。
なお、ボクもやられたことがある。
あのときは手荒れがひどかったんだ。本気ではっ倒してやろうかと思ったわ。
容易に断れないからタチが悪い。
その時の怖気を突っ込んで、装飾サイズの小型魔道具を作ったら、結構売れた。
皮膚を隠す、薄い色の魔力膜を作るもので、隠してこっそり使う。皮膚には直接触れなくなるし、傷も隠れる。
なお、当のボクは魔力なしなので使えなかった。サイズが小さすぎて、充填式にできなかったためだ。おのれ。
……話を戻すが、ボクはこう、かっこつけることにはちょっとしたこだわりがあるのだ。
半端というか、人を巻き込んで自分の恰好をつけようとするやつは、好かん。
独りよがりでも、突き抜けてる人は大好きだ。
「……そんなはしたない真似が、できるか」
んむ。ストックの感想は、そういう「品がない行為だ」という意識を踏まえてのものだ。
こいつはちゃんと紳士で淑女なので、女の立場を無視した格好のつけ方をしない。
……なんだこいつは。完璧か。
「その淑やかさというか、奥ゆかしさがいいんだよ。
男性なら、もっと紳士であってほしい。寝床に連れ込む前に、本性を出すな」
ストックがまた吹いた。
飲み物じゃなくて、今度は普通に笑ってる。
椅子に戻って、ぼんやりとその様子を見る。
……意外に張りつめてたんだな、ストック。
その笑顔、久しぶりに見たよ。
「君はボクが仕事や課題に埋もれてたら、問題ないのをせっせと引き受けて黙々と手伝ってくれるし。
隙間時間ができて落ち着かなさそうにしてたら、お茶に誘ってついでに礼法をチェックしてくれたりしたし。
ボクの気が休まるように、昼間っから一緒に酒飲んでくれたりしたし。
ストックといるのは、ひたすら心地よかった。
ボクは、そういうのがよかったんだよ」
気を回されてるというより、寄り添われているような感じだった。
お互い無言で本を読んでるようなこともあったのに、ずっと二人でいるような気分だった。
向き合ってくれることもあるけど、いつだってストックは、ボクと並び立ってくれる。
ああただ、この「よかった」は友達として、だね。
他の友達もそんなだったし。
これが理由で陥落するなら、ボクは前からストックの虜だ。
「そうか。私もだよ。
お前は本当によく気が付くし、かといって格式張ってなくて所作が自然だ。
明らかに世話を焼かれているのに、まったく押しつけがましくない。
あまりに自然で、一緒にいるとどこまでも甘やかされてしまう。
だからこそ、頑張らねばと力が湧く」
……世話焼きの自覚はあるけど、そんなにか。ボク、おかんみたいやな。
でもどれだけ世話を焼いても、君がそれに甘えて溺れることはなかった。
尽くし甲斐があって、ボクはとてもうれしかったよ。
次投稿をもって、本話は完了です。




