12-4.同。~ようやく巡り合えた、人の形を知る者~
~~~~大人げないってやつだが。王国民は、舐められたら我慢はしない。我らは戦闘民族だ。覚えておけ。
お。例のラース皇子が、用紙の前でぐむむしてる。
抗議しているようだが、過去の事例からの措置だし、これは覆らない。
何より、入学試験や前後でさんざん説明されることだ。そんなに甘くはないのだよ。
法術師のウォン家の子はさっさと書き上げ……あれ、こっち来る。
というか、連れてる女の子、見覚えがあるような気がするな。誰だっけ。
前の時間で直接会ったとかではなく、有名人の類なような……。
さっきの玄関口ではいなかったけど、ありゃ単にアシャードが真っ先に着替えて出てきてて。
この子は遅れて合流しただけかな。
関係性が分からないが、同じ科の子だろうか?
「フン。いかな力があろうとも、魔導を使えぬ者は評価されない。
僕の実力を見せてやる」
ボクの後ろがちょっと剣呑な雰囲気になってるが、無視する。
この程度にあおられんなし君ら。
年若くても達者な人もいるが、この子は完全に子どもやんけ。
やはり、あの程度では気骨はおれんか。そこはいいと思うよ。
侮りの視線も消えてる。
ボクにだけじゃない、リィンジアに対してもだ。良い兆候だ。
しかし。やる気があって大変結構だが、ボクの評価がこの学園で覆ることは、最低数十年はない。
この学園で一番評価されるのは点数を取ったもの、そして研究の成果を出したものだ。
学園とはいうが、研究機関が教育もしてるといった趣が強いからね。
そして意外なことに、魔導の実力とやらは評価されない。
この国でそれは、あって当然だからだ。
ただ、魔物ぶっ殺せる強者は賞賛される。ここ王国だからね。
……そういう観点から行くと。
素質ある子を潰してしまうのは、やはり忍びない。
特に聖国は、これから変わる国だ。実力ある法術師にこそ、伸びてほしい。
「失礼。せっかくですから、そちらの方も含めてご挨拶させていただいても?」
「君、人の話を聞いているのか……?」
「聞いたうえで聞き流しました。お力、見させていただきましょう。
私はハイディ。王国所属研究所、パンドラの職員です」
軽く礼をとる。
「お名前をお伺いしても?」
ウォン家の子は鼻白んでる。
茶色の髪がぼさぼさに伸びてて――でもその奥の目鼻だちがとても整った子は。
こちらをその深紅の瞳で、じっと見ている。
アシャードを沈めた人間だから、という視線ではなさそう……感情の色が、ちょっとよく読めない。
不快とか、怒りとか、そういう攻撃的なものではないように思う。
見定めるというよりも、さらに奥を見ているような……。
それにしても。
特徴のある目だな?ただの赤じゃない。
ふと。前の時間でみた深い赤が、頭をよぎる。
記憶を振り払い、手で促すと。
「イオ・ニップです。魔道具科です」
その名を聞いて、ボクは固まった。
あの人形と同じ、深紅の目。
イオ・ニップ、という名前。
ボクと同じ年。
そして魔道具技師。
記憶が、追いかけて来た。
……落ち着け、ハイディ。とりあえず本人だとして、だ。
呼吸だ、呼吸をするんだ。
……よし。少しここまでに知っている、彼女に関する情報を整理しておこう。
若くして亡くなったが、その遺作が後年すごい勢いで評価された魔道具技師。
イオ・ニップの自動人形は、前の時間で、ボクも見たことがある。
その人形は彼女が亡くなってから、後に発見されたもので。
さながら人のように精巧で。しかし機構は単純だったという。
魔道具技師の一人が起動を試みたところ。
幾人かが見守る前で、人形は自害した。
確かに、ひとりでに動いて、自身を破壊したのだ。
誰の魔力に、頼ることもなく。
ボクは、遺骸の展示や書物を見ただけだが。
ある共和国の魔道具技師の考察に、共感している。
曰く。
『彼女は自らを作った主人が、もう世におらぬことを知り。
たださみしくて、後を追ったのだ』
その後如何に修理しようとも動かなかった様から、そのように感じたという。
遺骸の展示を見に行ったとき。
かなり長い間、目が離せなかった。
美しい死だった。
あれは確かに命の跡で。
まさに閃光のように光り輝いた、尊い想いの残火。
会ってみたい、と思った。その子に。
作った子にも。生きている、その人形にも。
ただ……一度、この時間になってから、リコや箒衆に探してもらったことがあるんだけど。
共和国のニップ家は、もぬけの空だったんだよね。
発見されるはずの人形も、そこにはなくて。
追跡は、パンドラの用事でもないし、他に優先することもあるし。
やめてもらったけど……。
こんなところで、会えるなんて。
「…………アシャード・ウォン。法術科だ」
……すまん。君の存在を忘れていた。
ボクはイオ嬢を、今すぐパンドラにスカウトしたい気持ちでいっぱいだ。
だがそれとは別に、改めて礼はとっておく。
そしてそっと、イオ嬢に目を戻す。
彼女が亡くなったと言われているのは、確か10歳頃。二年ほど前だ。
だからリコに急いで接触をとってもらおうとしたんだけど、見つからなくて。
縁もないし、お会いできないかと思っていたが……まだご存命の上、学園に来ているとは。
正直、ボクも学園の全生徒までは把握していない。
この方がここにいるとは、夢にも思っていなかった。
何かこう、ボクらのやらかしで、前の時間とは状況が変わったのだろうか。
しかし……ウォン家とニップ家。聖国と共和国。
結びつく家ではない。
……ニップ家が、なぜか行方をくらませていたことといい。
不穏なものを感じるな。
次の投稿に続きます。




