9.魔導学園。神器学研究室~アウラ寮。幼い悪意。
――――学園で相手をのしちゃうのは、別にいい。ただしつこいと大変なんだよな。魔導も使ってくるし。
「ん。残留もなし。もういいわね」
普段着の橙姿の魔女が、魔術で調べつつ述べる。
一度パンドラに戻っているので、制服ではない。
別に学生服じゃなくても、ここは文句言われんのよな……講義は受けられないが。
彼女が調べているのは、主に結晶に仕掛けられている呪いや魔道具。
対結晶の魔導は、この四年で可能な限り開発した。
先日のブレイクもそう。検査・調査もお手の物だ。
当然、呪いや魔導の併用だって、想定済みだ。
考えてた中では、だいぶ甘くて荒いほうだったけど。
しかしまぁ。
想定通りとはいえ、えげつないこと。
ああ……ちなみにさっきボクらは、二人に何をしたかっていうと。
敵の仕掛けた罠のうち、一番面倒な結晶融合の処理を上書きしたってだけ。
ウィスタリアに触ったら、ボクが取り込まれるようになっていた。
もちろん、リィンジアとストックもだ。
もとに戻したって言った方が、正確だけどね。
これに関しては、色付き魔結晶自体の性質を利用したものだから、除去や封印ができない。
だからって、触れたら二人ベースで取り込まれるのは、いろいろと危ない。
対抗するために、ネフティス経由での合体を行うシーケンスを植え付けた。
その手順を踏まないと、実行エラーになって融合できない。
だがある意味、この仕掛けに対抗したおかげで、生身の二人からも精霊の力を引き出せるようになった。
さすがに精霊寄りの子が結晶に受肉したような事例は他にないから、流用はできないと思うが。
さて。
その上で、ウィスタリアたちに仕掛けられていた魔道具、呪いは取り除いたわけだが。
結果を確認しなくては。
「ウィスタリア。
君の秘密、緩めのところをリィンジアに喋って」
「わかった」
ウィスタリアが……技に入るときのように、深く息をする。
「あなたは。
聖女リィンジア。
私とともに、聖教を、聖国を、共和国を作った人」
「そうね」
…………よし。何もないな。
「呪いによる通報がついていたけど、除去はできているね。
目が赤くならない。
リィンジアの方も大丈夫そうだ。
気分はど?」
「非常に晴れやかだわ。
ふふ。でも」
彼女がそっと、ウィスタリアを見つめる。
「何か聞く必要が、なくなってしまった。
一番聞きたかった言葉まで……聞けてしまったもの」
「…………へ?」
ウィスタリアがポカーンとしている。
まだ気づかないのかこやつは。
「そうね」って言うたやんか。
「ウィスタリア。
リィンジアには、記憶の封印処置がかかっていた。
外したから、全部思い出してる」
「えぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ!?!??」
混乱しすぎだろう、淑女の始祖。
「ただ、君の現在の状況や、クレッセントのことは知らないだろう。
そのあたりの共有はお願いしたい。
それとも、あの船に帰りたい?」
「嫌よ」
即答か。大変結構。
「リィンジア。ボクの記憶では、元々今代のロイド家は宗教家とは距離を置いてる。
だが圧力が強まって、それで別のところと手を組もうとして。
クレッセントに捕まったんだな?」
「そうみたい。その縁で、怪しい連中から私を押し付けられたみたいね。
残念ながら、お父さまはあまり政治がお得意ではないの。
お力添えをしなくては」
仮初の家族……だと思うのだけど。
ロイド公には、十分世話になっているということか、この子は。
それなら。
「すまないけど、うちの都合もあるんだ。
改めて紹介するから、ミスティと話をしてほしい」
「ミスティ……先生と?」
彼女が目をやった先には、お茶を淹れてるメリアと、ミスティ。
今この研究室には、それなりのパンドラ人員がそろっている。
学生と教師陣は全員いる。後の情報共有が面倒なので、集まってもらった。
それに加えて、ビオラ様。
さすがに、新入り予定の二人はまだいない。
明日辺り、彼女たちともお話しないとなぁ。
講義が基本的に合わないから、会うの難しいんだよね。
パンドラでいないのは、マリエッタくらい?あとエリアル様。
エリアル様はともかく、マリエッタは学園関係者じゃないからあまり関われないんだよね……。
その分、パンドラのお仕事をがっつりやってもらってるけど。
工房はもう、金物も神器も魔道具も何もかも、彼女がいないと効率が落ちて大変なことになる。
四年ですっかり、腕のいい職人さんだ。
エイミーがもたもたしてるから、どんどんパンドラの仕事をお願いすることになった。
エイミーが助教になれば、職員として雇えるんだけどね。
「改めまして、講師でパンドラの政治担当、ミスティです。
ロイド公爵家とは、少し話してるんですよ。
時期は見ますが、お二人が本物の聖女、その生まれ変わりであるのなら。
聖女として公表する方向で、進めたいと考えてます」
「…………意図を聞きたいわ」
「二人をかけ橋に、聖国と共和国を結びつけます。
狙いとしては、国の併合ですね。
聖国の宗教家が根こそぎいなくなったので、その支援を兼ねて」
やっぱり根こそぎいったんかよ……。
どんだけ王国呪ってたんだ、あの国は。
それを全部返されて、綺麗になっちまったのか。
「…………大きなお話ですね。
すぐ動くとは思えませんし、我々に利益はあるのですか?
聖女として公表されれば、その職務に縛られることになりますが」
「教義を聖女派ベースでまとまるので、縛られません。
あなたたち抜きの状況で、すでに併合の話は進んでるんです。
共和国には、当研究所の職員兼学園の講師もいますし。
聖国のラベンダ公爵とは、懇意にさせていただいているので」
ラベンダ公爵は、ロイド家と並ぶ、聖国でたった二つの公爵家。
あそこは王はいないので、聖女の血が入っている家系だ。
若い女性が当代の公爵になっており、辣腕を振るっている。
……実はボクの母の仲良しさんだ。そこからの繋がりである。
「二人の利益については、ボクから。
まずそもそも、それが利益になるかどうかの確認が要るんだけどさ。
野暮を承知で言うけど、リィンジア」
「何かしら、ハイディ」
「まだウィスタリアの言葉に対する答えは、ないの?」
二人そろって赤くなりおった。
初心か。
次の投稿に続きます。
#本話は計6回(12000字↑)の投稿です。




