8-3.同。~星と空~
~~~~やる気になったようで何よりだ。思ったより……いい女じゃないか、君。
決闘場は丸く広く、戦いの場が取られている。
床は石畳。場としては……直径で100mくらいはあるか?
外周は少し高めの壁で覆われており、その向こうには階段状になった観客席。
……だいぶ埋まってるな。
噂が広まって、集まってきたか。
まぁ、戦略科の……一般的には魔力なしの女生徒同士の決闘だ。
予想がつかず、興味は引いただろうな。
介添え人は、場に入ったところで待機。
反対の控室からは、リィンジア、ストック、クエルの三人が出て来た。
決闘当事者のみが、中央へ進んでいく。
決闘の合図は立会人――この場合は、生徒会書記のあの方が出す。
左手側、観客席の中でも一際高い位置にあるエリアで、立ってこちらを見下ろしているのが見える。
あの特等席、今日は埋まってるな……生徒会面々が全員出て来てるのか。珍しい。
前の時間とは顔ぶれが違うけど……ボクの時は、いても一人二人だったんだがなぁ。
嫌に熱心だな?どういう風の吹き回しだか。
「リィンジア」
中央付近、10mくらいの間合いをとって向き合う両者。
ウィスタリアが口火を切った。
ウィスタリアの声が、ここまではっきり届く。
というか、完全に呼び捨てやね。
気合が伝わってくる。
そして彼女の手に……虚空から現れた刀が握られた。
シフォリアの刃に、似ている。
しかし刃物かぁ。
…………クエルの話だと、リィンジアは人間辞めてるそうだし、大丈夫かな。たぶん。
そっとシフォリアを見ると、肩を竦めた。
リィンジアの向こうのストック、クエルも特に止める様子はない。
介添えとして、危険なら止めなきゃいけないんだけど、こりゃ続行か。
なお、魔導で武具を生成することもあるので、こういうのは認められてる。
普通に武器をもって入場してくるのはダメなんだけどね。ルール違反だ。
ウィスタリアが、刀を……構えず、自然に立つ。
「あなたを、愛しています」
「ウィスタリア。私はその言葉に対する、答えを持ちません」
どこでそうなったのか。あるいは目の前の女の本気を、本心を見たからか。
リィンジアはたぶん初めて、ウィスタリアを名前で呼んだ。
リィンジア、いろんな意味で真面目だなぁ。
振っちゃえばいいのに、ちゃんと向き合うんだから。
「ならばその答えを聞ける日までの、あなたのそばを。
勝ち取ります」
「やってごらんなさい」
そして……この子も頭は回るんだよねぇ。
そうなったら、いつかは秘密を聞きだせるだろう。
決闘の結果がどっちに転んでも、望みは果たせる。
一方のウィスタリアは、負けちゃうと全損だ。
試合はともかく、勝負の結果は最初から決まってたな。
『リィンジア・ロイド。
ウィスタリア。
両者対面を確認。決闘場を展開』
拡声器越しの声が響く。
場内が……おっ。森か。
かなりの木々、草木が生えてくる。
こういうフィールド変更もできるんだよ、ここ。
演習・実習向けの機能なんだけど、決闘でも使われる。
『はじめ!』
リィンジアは、ここからだと様子が見えない。
ウィスタリアは腰を深く落とし、息をする。
でもあれは……なんだ?息している、だけじゃなくて……。
「問いだ……」
隣でシフォリアが呟く。
問い?何を問うて……
『【空】に【回】りて、問う』
これは、力ある言葉!?
ウィスタリアとリィンジアは、魔力なしのはずだぞ!!
魔導?あるいは……
『汝、如何にすれば分かたれるか――――斬れ落ちよ』
ウィスタリアが、刀を持っていない左手を握り込む。
刹那、木々も草木もすべてが、爆ぜた。
すべてが露わになる。ついでに、地面もいくらか斬れている。
なんだこの冗談みたいな斬撃。
あ、これエリアル様の技だ!?密度が段違いだけど!
そしてなんでリィンジアは無事なの?服も切れてないよ??
砲弾のように突っ込んでくるリィンジアに対し、ウィスタリアは深く受ける構え。
赤い瞳を光らせながら走り込むリィンジア……ってそれ呪法じゃないか!
交差の寸前、リィンジアから莫大な蒸気が溢れ――
――――必殺。燃焼化勁。
『明神返刀』
ウィスタリアの巻き取ろうとする左手に、リィンジアの右手が円を描いて重なる。
ウィスタリアの左手が……ちょ、融けてる!?
リィンジアは思いっきり投げ飛ばされた。二度三度と地面を跳ね、そのたびに接触したところが大きく抉れる。
そしてウィスタリアの左手は、なぜか時間を巻き戻すかのように再生した。
……神器・フェニックスでもあそこまで早く再生しないんだけど。
ちょ。え?何この子たちの戦闘力。こわっ。
初手の一合からして、ハイレベルなんやけど。
リィンジアの瞳が、ボクも見たこともないような……赤い三点が煌々と光るものになる。
その点が三角に結ばれたように見えた刹那、彼女の姿が霞んだ。
ウィスタリアが刀を担ぐように構える。
――――ひとつ。雪面に正す。
また、静かに言葉が響く。
――――ふたつ。月面に映す。
刀身が、白く染まっていく。
――――みっつ。花面に晒す。
地面を抉りながら進むリィンジアが、ウィスタリアに迫る。
『乱麻払刀』
ウィスタリアの姿が消え、あり得ない方向からリィンジアに斬りかかった。
リィンジアの……何か凍り付いた左手と、刀がぶつかり、火花を散らしている。
同時に、ものすごい勢いで冷気が広がっていく。地面が凍り付く。
ウィスタリアが、そっと袖口を咥えるのが見え。
リィンジアの右手が、雷光を纏って迫る――いったい彼女は、いくつの呪法が使えるんだ!?
そして。
――――必殺。雷光発勁。
ウィスタリアに必殺の掌底が当たった瞬間。
刀を手放した彼女が呟き、光り輝いた。
――――雷業。
光が、音が、弾ける。
会場全体が眩く包まれる。
どれほどの雷光を発したらこうなるんだよ!?
――――ひとつ。迦楼羅炎にて三毒食らい。
音が止み、光の残滓が残る中。
また静かな詠唱のような言葉が響く。
――――ふたつ。羂索にて悪心縛り。
「ちょ、あの子、不動剣使えるの!?
要訣がちゃんと結ばれてる!
さっきのと違って、不完全じゃない!」
なんだ不動剣て。
いや、確かこないだ君が使ってた……。
あれヤバイ技やんけ!?
――――みっつ。倶利伽羅剣にて煩悩を断つ。
その不味い技が……振るわれた。
ものすごい、金属音が響く。金属音??
刃が、何か黒いものの渦に掴まれて止まっている。
あれは、いったい。
リィンジアは、その黒渦をまとって。
「落星」
呟くと、ウィスタリアを蹴り上げた。
刀を手放した彼女が、外壁上空の不可視の防護膜にすごい勢いで衝突した。
五体がばらばらになりそうな速度だったけど……っていうかなってるけど、傷が再生していってる。
リィンジアは仁王立ちになり、右手を目の前に掲げた。
――――『此方に如来はなく。ただ弥勒は彼方に』
また……なにこれ。いくつ技が出てくるの??
防護壁に足をつくウィスタリアの手元には、先の刀とは異なる小さな刃。
おそらく、小太刀。
『天を食め――――計都星』
『明神返刀』
リィンジアの右目から、とんでも極太ビームが出て、炸裂する。
しかしそれがウィスタリアに到達した瞬間、止まり、小太刀に切り払われ、砕けた。
砕けた????
――――ひとつ。雪面に正す。
ウィスタリアの体が、奇妙に動き出す。
防護壁に叩きつけられたときを、逆巻くよう。
――――ふたつ。月面に映す。
避けようと動くリィンジアに、流れるように迫る。
――――みっつ。花面に晒す。
地面に落ちていた刀が、なぜか浮かび上がり。
ちょうど、彼女が手放したときの状況に戻った。
『乱麻払刀』
小太刀が右から振るわれ――リィンジアの右手で受け止められ、砕ける。
『逆凪』
その剣閃のあとを、彼女が両手で握り締めた刀が追いかけて――――。
リィンジアが拳を振りかぶり――――。
刀が折れ、二人が膝をついた。
そばには、シフォリアと、クエル……え?いつの間に?????
「両者、相打ちと申告します」
「同じく。二人とも死んだ」
それも驚愕だが、君らがその瞬間を正確に止めたのも驚きだわ。
やっぱボクなんかとは、練度がだいぶ違うだろう君たち……。
『っ。決闘者リィンジア、ウィスタリア。
介添え人の介入に、異論は』
「…………ありません」
「同じく」
決闘場が、静まり返る。
『本決闘は引き分けとみなす!』
そんなんありかって結果だが。
会場は、大歓声で包まれた。
ボクはまぁ……死人もけが人も出ず。
ついでに二人とも目的は果たせそうで。
何よりかな。
自分が何もできなかったこと以外、特にないね。
しかし。
すごいもん見せられてしまった……。
次の投稿に続きます。




