3-2.同。~呪い返しを振り返って~
~~~~ひいお爺様は何度か会ってるが、気さくな方だ。ボクにそう「合わせて」くれているのだろう。
こら。まだ人前だ。あまりいちゃつくのは早いぞ?ストック。
我慢できなくなっちゃうだろ。
彼女がさりげなく伸ばしてきた手に、少しだけ甲を合わせてやる。
握るのは、だめ。
「ん。気持ちはわかる。ボクもストックがこうなったら、そう思うし。
でも、王国最強の大魔導師がいたから、大丈夫だよ」
「アリシア様、か?」
「うん。すぐカッとんできた。予測済みだったみたい」
「そうか……頼もしいな」
「あとま、君のくれたスーパーカーもあるしね?」
左手を見せながら笑う。
「ビリオンをとりあげないでと、泣いて縋るものだからな。
つい、最高のものをプレゼントしてしまった」
「そりゃ泣いて縋るさ。最強の武具が取り上げられたんだからな?
まぁシルバ領を作るために、必要だったのは分かってるけどさ」
すでにアウラの体――サンライトビリオンを核にして。
ボクの領地、シルバ領は西方魔境の、新王都スピリッティア南西に作られた。
あっという間に新型聖域が組まれて、何の冗談だと思ったくらいだ。
領については、ある種パンドラの本拠という形で運営されている。
まだ、人をほとんどいれられてないんだけどね……。
下手な人間はいれられないので、スピリッティア同様、慎重に入植者を増やしている。
ああ、まだはっきり言ってなかったけど、ちゃんとシルバ公爵の爵位はもらってる。
ストックとの婚約も……ボクが娶ると言う形で、正式に結ばれている。
まぁ公爵の地位は、ある程度知られてはいるけど公表はまだだ。ボク、未成年だからね。
身分証提示が必要な施設の人とかは、知ってるんだよ。
転送設備とか。
その辺を加味して、ボクの公式の名乗りはしばらくは。
「パンドラ職員のハイディ」だ。
ハイディ・シルバとは、まだ名乗れない。
そうこうしているうちに、侍従の方が一つの部屋の前で止まった。
扉を開けてくれたので、中に入る。
結構広めの部屋だ。落ち着いた調度でいい感じ。
ボクの持ち込んだカバンもある……ああ、ストックのもだな。
「さて、着替えもある。使用人の方は下がった。
まず……お風呂にしようか?」
わざわざ聞いたのは。
一緒に入る?という意味で。
「…………うん」
ストックが、少し赤い顔で、頷いた。
◇ ◇ ◇
濡れた彼女の髪を、愛おしげに撫でながら。
布でその水気を吸わせていく。
ボクの方はもうやってもらって、タオル巻いてドライ中。
ボクの分はゆっくりと水気を抜いた後、後で温風器で乾かしておしまいだ。
彼女を低めの椅子に座らせ。
その横から、少し抱きしめるように髪を拭く。
……思えば、再会したあの夜から。同じようにしてるかも。
得難い、時間。ボクのいるべき場所。
ストックとは、今日あったことは共有した。
呪いの兵に襲われたこと。撃退したこと。
お母さまが呪いを返したこと。
……ウィスタリア聖国の中枢部が滅茶苦茶になること。
そしておそらく早晩、王国に乗っ取られること。
ま、その辺はボクにとっては、さして重要ではないんだがね。
「少し、気になるのはね」
「うん?」
「聖国がしっちゃかめっちゃかになって。
学園に来ている子が……呼び戻されるんじゃないか、ということ」
「ああ……それはありそうだ。
いや、普通そうするか」
まぁ本来、それは然るべきことなんだが。
こっちはちょっと、困ったことになる。
「ん。それやられるとさ」
「リィンジアの足取りが追いづらくなる。
できればそばに置いた方がいい。
ウィスタリアの動きも読みづらくなる、か?」
「そ。迅速に混乱を収めてほしいところだが」
「たぶん、ミスティが噛んでるんだろう?」
「みたい。大丈夫だとは、思うけど」
ん?なんかストックが悩ましげだ。
「それにしては、穏便な結果にはならなかったな」
ああ。この件そのものか。
確かに、呪いがあるというのは分かっていたのに放置だったし。
先手を打てるはずなのに、打ってはいない。
その上で、相手に多数の人死にを出したわけである。
王国は人相手には蛮族を止めるので、珍しく乱暴と言えば乱暴だ。
けどまぁ。そもそもおこなんじゃないの?という気もするし。
そんな気にしなくてもいいとは思うけどね。
「呪いそのものはほら、おさめることができるだろ?」
「ああ。門を使ってか」
ボクとダリアが開発した方法だ。
ダンジョンの門――転移門に相当する魔導を展開。
対象をその場に転移させると、不思議なことに呪いが解ける。
つながりを切って、縁が途絶えることで、呪いの効力が持続しなくなるとみられる。
これは実験を重ねた結果、確証が得られている。
呪いの強さにも、ある程度よるんだけどね。
計測した結果、理論上の限界値があることがわかってるんだ。
例えば、ゲームの役も呪いの一種だが、あれを一気に解くことはできない。
役を押し付ける事件再現現象は、解除できるんだが。あれは一時的な呪いだし。
今回の呪いの兵は、解ける方だと思う。
そんなに強い宿業を感じなかった。
ただあれは、呪いを無効化するものじゃないんだよね。
あくまで呪いを「失敗させる」もの。
ただし、呪縛を失敗させても返ったりはしない。そんなことが起こったら、いろいろ矛盾する。
呪詛は返る。他人を呪ったやつだけ、その戻りで果てる。
先の……人を傀儡とした呪いは、呪詛で間違いない。
王国内で使用されたら術師は一発即死だが、遠距離起動だったのだろうな。
操られた側は処罰の対象にならない。少々面倒な話だが。
そしてお母さまは、遠く聖国で呪詛を起動した術師に、呪いを返した。
一人ではその返し、まかないきれないだろう。縁を辿り、きっと多く者が死ぬ。
まさに、自業自得というやつだ。
次の投稿に続きます。




