3.王国北方領ルビィ大公家。ようやく君と。
――――ほんと。やっと、しっとりいちゃいちゃできる。
北西の中型神器船に行こうと思ったんですよ。
先に、ルビィ大公家にご挨拶してね?
そしたら、いい勢いで止められた。
先の呪い返しの件、さすがに要所には話が行っているらしく。
危ないから泊っていけ、となった。
そしてストックもこちらに来るらしい。
「窮屈だと思うが、すまんなハイディ」
「いえ、ひいおじい様。正直申し上げますと、そこは母が抜けているのです」
さらにご当主自らの歓待を応接で受けてる。
うん、気持ちも事情も分かる。
この状況、最高戦力が護衛に着くべき、だし。
ひ孫が聖国の間諜に襲われたって聞いたら、そらそうする。
ボクだってそうする。
かーちゃんがボクを確保しなかった方がおかしい。
どうもあの人、ボクの実力をちゃんと把握してるみたいで。
ゆえの信頼感があるっぽい、のだけど。
他の人はそうは思わねぇだろうに。お父さまに怒られてなきゃいいけど。
スノーには怒られてると思う。残念ながら当然。
「まぁなぁ。あの子は武才にすべてを持っていかれた口だ。
だがそこがいい。王家に取られなければ、ルビィはあの子が継いだだろう」
「ああ……まさに、ほっとけないから人がついてくる、そういう方ですからね。
上にいてもらえると実によさそうです」
「そうよそうよ!ほれ飲め。本当なら酒がいいところだが」
「あと三年お待ちを」
「だいぶ行けるんだったか?ならまだまだ死ねんなぁ」
ボクが見た中でもトップクラスにでかい人が、豪快に笑う。
母を男性にし、大きくし、さらに獰猛にしたような人だ。
赤く長く、癖のある髪。結構な御年のはずだが、禿げあがることもなく、白いものも混じっていない。
目は黒く、ここも母と同じ……らしい。
ボクの父母は精霊との契約時、金髪碧眼になっているため、生まれと見た目が異なるのだ。
なお王家の子どもはそれとは関係なく、髪や目の色がばらばらになる。
兄弟五人、誰も同じ組がいないんだよね。すごいわ。
いただいたジョッキを口につける。
いつもの、エールレッドだ。酒精を抜き、辛みをつけた麦酒。
冷えていて、実にうまい。しゅわしゅわがたまらん。
そして芋と豆のマッシュが出されていて、それを二人ちびちびと掻っ込んでいる。
椒辛めで……これは少し苦みがつけてあるな。ひょっとして春芽が混ぜてあるか?
早春にしか生えない、珍しい自生菜だ。栽培が難しいらしい、この国でも珍しい品。
うまい。いい味だ。
「豪勢なマッシュですね?」
「好みと聞いてな」
「揚げも素晴らしいのですよね。せっかくなので、最近はよく食べています」
「ほほぅ。まさか、栽培に成功したのか?」
「いえ。森を作って見たら、生えました。理屈がわかりません」
「聞きしに勝る不思議な船よな……」
老兵がマッシュをうまそうに食っている。
趣味が合うな。
この方も最前線が長いためか、こういうところは貴族よりも庶民……というか王国民寄りだ。
もちろん、アレクサンド・ルビィという貴族のドンなだけあって、礼も貴族文化も知り尽くしているはずだが。
そういうところを微塵も見せない。
最近よくわかってきたが、礼の達人ほどそうだ。
わかりやすいところが、ビオラ様だな。公私で全然違う。
彼女が仕えているスノーの前でだけ、完璧だ。あとは手を抜いている。
なおダリアとかミスティとかエイミーは、そういうのじゃない。
できるのはできるが、ズボラなだけである。
せめてメリアを見習え。
ボクも可能なら、ひいおじい様やビオラ様の域に近づきたいものだ。
ストックの前でだけ、どこまでも貞淑でありたい。
彼女を、悦ばせたい。もっと。
その時、扉が外から叩かれた。
ストックだ。
思わずソファーからすっと立ち、ひい爺様に礼をとりつつ、脇へ。
扉からさりげなく見えるくらいのところで、深く礼をとり、待つ。
『モンストン侯爵令嬢、参られました』
「通せ」
鷹揚な声が響くと、扉が開いた。
少し見ると、ストックもまた礼をとっていた。
平服の……ああ。可愛らしい。よく似合うよ。
礼を直って入室しようとした彼女は、ボクに気づいたようで。
少し止まり、それからほんの少しだけ足早に、近くまで来た。
「無事であったか」
「はい、アレクサンド様。その……」
ストックがためらいがちに、ボクを見る。
ボクも、姿勢を正し、顔を上げ、彼女を見た。
「どうぞ、おかけを」
「ん……はい」
あまり人前で聞かせることのない、甘えた声。
「ああ、良い良い。そのような無粋は申さぬ。
部屋を用意してある。休むがいい」
「……大公閣下」
「ひ孫の機嫌は損ねたくないでな?
気を利かせてやるので、儂の分、機嫌を取ってくれ」
本当に気の利いたお方だ。
「はっ。それでは、早速ですが」
「失礼いたしますね、ひいおじい様」
「ああ。明日は早う出るのだろう?
おやすみ、ハイディ」
「はい。おやすみなさいませ」
礼をとって、二人応接を辞する。
侍従の方の案内に従い、廊下を歩く。
ストックが、がっつりこっちを見ている。
目がちょっと揺れてる。
「無事で……よかった」
次の投稿に続きます。
#本話は計5回(9000字↑)の投稿です。




