1.聖暦1091年1の月1の日。元王国西方魔境……新王都魔導学園。
――――忙しい、年の始まり。
扉を開け、施設を出て、後ろ手に扉を閉める。
たまたま陰になっていないのか、初春の弱い陽光が差し込んできた。
そういや自然彩光してるんだったか。来るのしばらくぶりだから、忘れてたや。
手を翳しつつ、周囲を見渡す。
少し先に、四階建ての大きめの建物。その向こうにも、同じ構造のところがあるはずだ。
右手、左手奥にもそれぞれあると思うが、割と草花や木々があって、見通せない。
足元には僅かな石畳。一応道にはなってるが、むき出しの地面も多い。
こういう、自然に寄せたとかなんとか……聞いてはいるけど、ここまでせんでもよくない?
こだわりお強めだなぁ。前に来た時も思ったけど。
今更何かあっても戻れる時間でもないが、自分の恰好を見直す。
緑を基調とした、制服。落ち着かない。
色はしょうがない。これ、魔力光の色をモチーフにしてるからね。
けどスカート短いんだよな……膝でちゃう。
ボクにゃ似合わないし、好みでもないんだが。
布はいいもの使ってるのか、着心地はいいんだけど。正直、不満だ。
地球風にいうと、ブラウスにブレザーにスカート、というとわかりやすい恰好だろうか。
靴は革。魔物革をしっかりなめした高級品らしい。つやがすごくて、汚すのが怖い。
靴下や下履きは制服としての指定はないので、伸縮性のある黒で薄い下履きを採用した。
まだ肌寒いし。一端の淑女たるもの、脚を見せる気はねぇ。
あとはもう、高いところで結ぶのに使ってる、明るい赤いリボンと。
生まれた頃から持ってたと思しき、十字架の首飾り……は四年前に破壊したので、それを模したロザリオ。
ブレザーの袖の下に、いくらか腕輪を仕込んでるくらいで、ボクの装いは全部だ。
ああ、そういえば。
ブレザーのポケットから、札……身分証を取り出し、ついてるクリップで胸ポケットのところに留めておく。
さっきの扉は内からはいいけど、他のとこはこれがないと開かないところもあるからね。
ポケットが多いのは、女性用の服としてはポイントは高いかなぁ。
上着には内側を含めて五か所についてるし。スカートにもちゃんとあるし。
しかも十分モノが入る。マチも大きく、便利だ。あまり入れると不格好だが。
人目もないので、大きく伸びをする。
朝から大仕事だった。正直もう帰りたい。
今日は別に出なくてもいいとは思うんだが、しょうがない。
待ち人もいるしな。
まだ時間は余裕があるけど、遅めになってるのは確かだ。
行くかぁ。草露に注意しながら、石畳を歩き出す。
目の前の建物を、右手に回る。しばらく行くと、また同じような建物が見えてきた。
建物を左手に見ながら、さらに回る。そうすると、向こうに石畳の大きな通りが見えてきた。
通りのさらに向こう側には、今左手にあるのと同じデザインの建物。右手には大きな門。
門の方へ向かう。
門の、こちらから見て遠い方の柱の下。
そこに早足で向かい。
そのまま、そこで所在無げにしていた人物に正面から、軽めにぶつかる。
……ちょっとがっつり身長追い抜かれたんだよなぁ。顔が首元に当たるくらいの身長差になってる。
ぶつかっておいて、少し引いて、その人をじっと見る。
「『申し訳ございません。お怪我はありませんでしょうか』」
どうした。お顔がちょっと顔赤くなっとるし。
だが、お互いこの装いで、入学の日で。
この場所で会ったなら――――やっておくのが、お約束ってもんだろう?
「『ご心配なく。
しかし、貴族の教えを受けていらっしゃらないのでしょうが。
そのように人を見るものではありません』」
「『これは!失礼いたしました』」
足を引いて、深く礼をとる。
「『如何様にも』」
頭を下げたので、顔は見えないが――――わろとるやろ?
「『顔を、御上げなさい。
その礼に怒りなど向けては、精霊に顔向けできません』」
思えば最初から、この子は王国民だと白状していたんだなぁ。
帝国民が、精霊に捧げる王国の礼を知ってるとは思えないし。
実際、皇女二人は知らなかったからね。
礼から直る。
叱られたので、見上げずに鼻先辺りを見る。
「『あなたの礼に応えて、名乗りましょう。
わたくしはリィンジア・ロイド。
クレードル帝国の、タトル公爵です。
あなたは?』」
「『ウィスタリアと申します。公爵閣下』」
「『動じませんのね、ウィスタリア。
あなたは王国の?』」
「『いえ。魔境航行神器船の所属。魔都の民です。
学園には幾度か来ておりますので――よろしければ』」
「『ありがとう。案内を頼みま』……その手はなかっただろう」
ボクの差し出した手をとりながら、ストックが吹く。
人目もないし、せっかくだから……互いがその手を、ゆっくりと握り込んでいく。
考えること、同じだね。会いたかったよ、ストック。
「ほんとに全部覚えてるんだね?
君にとっては、もう25年くらい前じゃないか」
「お前と交わした言葉は忘れないと、そう言っただろう。
何年経とうと、覚えているさ。
お前こそ、よく覚えているな」
「ボクはいろいろ特別製ってやつさ。
特に君とのことは……忘れないよ」
ボクは脳の魔素を操れるので、そりゃあもうがっつりいろいろ覚えている。
君の今日の手も、顔も、声も、その瞳の揺れだって。
きっといつまでも、忘れやしない。
ストック。ボクの大事な人。
今日も髪の編み込みがとってもいいね。
ボクの趣味に合わせてるんだろう?こういうの好きだって、言ったしね。
リボンもちゃんとつけてくれてて、嬉しいよ。
ブローチ、君は地味に複数持ってるよね?青の色彩が知らないやつだ。
よく似合ってる。
おや。腕輪、一つは袖から見えるようにつけたのか。
彼女の左手首のそれは、青く、絡みつくようなデザインだ。
毎年作っているやつとは別に、身に着けやすいのを以前にプレゼントした。
右手の方は袖に隠れてるから、つまりそれは自己主張というやつだな?
ボクも同じようにすりゃよかったか。右手の赤い腕輪は、後で付け直しておこう。
そして――――指輪。魔導で隠されて、今は見えないけど。
彼女のそれは、銀製のもので、石はない。
いや小さいのを実はつけてるんだけど。ボクのお手製だ。
ボクのはムーンストーンが使われている。青いやつ。
それ自体には何もないけど、輪の方にはがっつり仕込みがあるのを知っている。
これはボクたちが。
あと三年待たずに伴侶となる、誓いの証。
左手、薬指の、約束。
次の投稿に続きます。
#本話は計8回(17000字↑)の投稿です。




