0-B.聖暦1112年6の月3の日。私の最期。【シフォリア視点】
――――「「きっともう一度会えると、希望を見た日」」
「――――フッ」
愛刀を構え。
斬る。
刹那、7000合ほど振るわれる。
斬撃を浴びたそれは、粉微塵になる。
すでに、自分で認識できる世界ではない。
でも確かに刻んだ数を、そのまま近くの岩に記す。
自分で覚えながら数えるのに、少々飽きたから岩を使ってる。
…………合計値が頭の痛い数になってる。
何という桁名だったかな?兆とか億とか、そういうのであったはずなんだけど。
私はあまり、この辺のあれやこれやが得意ではない。
だいたいのことがわかってしまうから、というのもあるけど。
一番の理由は、勉強することが、できなかったから。
学園。君と行けるの、楽しみだったんだけどな。
学園そのものも、なくなったけど。
でもその前に君は、動かなくなってしまった。
暑い日が続いたから。
ちょっともったいないと思ってしまったのが、悪かったかなぁ。
許してよ、お姉ちゃん。それから私、何にも食べてないしさ。
代わりといってはなんだけど――私が弱かったのは、どうか許さないでほしい。
そんなもしもは、意味のあるものではないけれど。
それでも今と同じように、刀が振るえていたのなら。
一刀一刀。その後悔が私の刃を速くしていく。
君が動かなくなって、もう二年も経つ。
君だけじゃなくて……みんな、だけど。
魔獣と綽名された、特別な魔物。
結晶と人の力を持ったらしいそれは、あっという間に半島を蹂躙した。
誰も彼も、残らなかった。
奴らは流れでも消滅しなかったから、海の向こうも阿鼻叫喚かもしれないね。
まぁ、半島は静かになったけど。
傑作だったのは、首謀者もボロ雑巾にされたことだ。
なんとそれでも死ねないらしい。特殊な体のようだ。
私たちは魔獣が溢れた日。
抵抗を続ける皆に、二人で逃がされた。
半島中、どこに行っても逃げ場なんてなかったけど。
そうしてやってきてしまった、終わり。
君が私をかばって、動かなくなってしまったあの日。
私は魔力に目覚めた。目覚めたとしか、言い様がなかった。
魔力なしだと、判定されていたのに。
ただ、魔導が使えるかというと、少々勝手が違った。
魔素の代わりに、魔力を使ったある種の武が、得手となった。
今も手の中にある刃は、雪白と名付けた。
君の髪の色のような、綺麗な波紋。
マリエッタさんの打ってくれたものがベースだ。
それを、魔力を練り上げて再現している。
再現……じゃないかな。最初の頃から、だいぶ変わったと思う。
斬るたびに少しずつ、別の刃になっていったから。
魔獣の硬い皮膚をやすやすと切り避けるようになったのは、一年ほど前のこと。
それから二か月前までかけて、この半島中の魔獣も魔物もすべて斬り倒した。
もう一匹も残っていない。念入りに細切れにした。
ここにはもう。
誰も、残っていない。
「っ――……」
遅かったな。再生したようだ。
何か残ってはいる。だがこれは人じゃないだろう。
立った姿勢で再生されたそれを。
斬る。
粉となり散る。
風が吹いて、粉が流れる。
こんなになっても、元の場所で復活するんだよなぁ。不思議だ。
斬った回数を、岩に刻む。
……また増えてる。斬るごとに、回数が増える。
ただの素振りより、まだ斬り甲斐があるから、こいつを的にしている。
それにこの方が、私の後悔が――研ぎ澄まされていく。
もう腹にも腕にも脚にも、力なんて入らないが。
それでも血潮が、ひたすら刀を振るわせてくれる。
この身に君の血が流れる限り。きっと最期まで。
そういえばこいつ、不思議なことを言っていたなぁ。
役目を果たし、ゲームの世界に戻せば。
自分は未来に帰れるんだって。
帰った先の世界はどう見ても破滅するんだけど、どうすんの?
って聞いたら、固まってた。
そのゲームとやらの内容、詳しく知らなかったんだろうか。
そう。破滅する。
マドカやアリサに聞いたから、覚えてる。
こいつらのいた未来には、先がない。半島は完全に滅亡し、終わる。
魔力がなくなっちゃうらしい。
そりゃ、どうにもならないだろう……。
魔物はいなくなるかもしれないが、食べ物とか、育たなくなるんじゃない?
ある意味この半島は、食べ物には困らなかったけど。
一応、魔獣って食べられるみたいだし。
いや、私ずっとなんも食べてないから、関係はないかなぁ。
おなかへったっていう感覚すら、もうずっと感じてないし。
何も、感じない。
ああでも少し……寒いかな。
日差しは夏、のはずなのに。凍えるよう。
もう熱量のないこの身を動かしているのは――ただただ、あの刹那の後悔だけ。
君に手が届かなかった、あの時の。
他のものは、要らない。
時を遡り、その瞬間に刃が届く、その時までは。
難しいかなぁ?
お母さまなら……よっしゃやってみろ!って言いそう。
お父さまなら、一緒にやってくれるな。できるまで、きっと。
君は……そうだね。今と同じだ。
きっとそばで、見守っていてくれる。
それだけでよかったのに。戦いは私が頑張るのに。
どうしてあのとき、前に出ちゃったの?お姉ちゃん。
何でそんなに、笑顔なの?わからないよ。
教えてほしい。
私の目の前で。
その言葉で、声で。
私の命を救ってくれた。
あの呪いのような祝福を。
私はずっと、追い求めている。
蘇った。
また、斬る。
…………今、一万合を越えたか?
おぉ。雪白がボロボロだ。速さに耐えられなくなってきたか。
またこいつも、練り直さなくては。
もっと速く、斬れるように。
後悔を感じたとき。
「もしも」を起こせるように。
それは奇跡なんかじゃない。
必然。
因果。
あるいは、呪い。
魔導という祝いの向こう側にある、呪縛。
そこは円のように繋がっている。
だからきっと、手が届く。
後悔が私の魂を縛るように。
こいつを。
斬れ。
…………今ちょっと数えられなかった。何回切った?
まぁいいか。そろそろ数えても、意味はあるまい。
ただ、速く。時間の向こうに。
雪白が、折れてる。
直す。
血潮が湧きたつ。
……代わりに、「死」が近づいてきているのがわかる。
研ぎ澄まされていく。
君に届くように。
君に……会えるように。
そうだ。この一刀は。
ただ、君といられる時間を作るための、一閃。
刹那の向こうに、君と二人、邂逅する。
永劫の、刃。
かつて、お母さまに聞いた言葉が、頭をよぎる。
もうほとんど、何の判断もできないけど。
それが、導きになると、わかる。
いざ。
…………ん?
この、光は。
暖かい、黄金の光が、降り注いでくる。
いかんいかん。忘れて果てるところだった。
魔力を、体に流していく。
血が正しく流れる。
熱量が戻り、臓器が動き、呼吸が再開される。
凍えて死人のようだった体が、蘇る。
かつての約束を胸に。
暖かな輝きを、受け入れる。
「よかったね。ようやくここから出られるよ。ご愁傷様」
「………………ぁ?」
再生したボロ雑巾は、よくわかっていないようだ。
ま、出られるだけだ。
次の地獄が、お前を待っている。
では、私も務めを果たそう。
きっと君も、どこかでそうしたに違いないから。
「日の精霊、ソル。
遠き日の約束を、果たし給え。
地球より『揺り籠から墓場まで』を通じ、この世界を観測する神。
そのうち、干渉に踏み切った邪神の一柱、神主・東宮を。
返し給え。祓い給え。
その滅びの先の煉獄に」
朗々と歌い上げる。
柔らかな黄金の光が、そいつに集まっていく。
「堕とし給え」
光が、消える。
後には、何も残らなかった。
これでこの半島にはもう、何もない。
私が、いるけど。
もう。いいだろう。
お父さま。お母さま。
愛しています。
ようやく、会いに行けます。
クエル。
君は、よくわかってたんだよね。
私が、臆病だって。死ぬのが怖いんだって。
そうだよ。とても怖かった。魔獣の前で身が竦んだ。
でももっと怖いものがあった。
あの時、それがやっとわかったんだ。
その恐怖。
今、乗り越える。
構えなどない。
自然にただ、何もないこの半島に。
己に向き合う。
魔素がすべて魔力になる。
魔力がすべて何かになる。
この先が――私の後悔の、向こう側。
体が凍えていく。
血潮は熱く沸き立つのに、それが体温にならない。
内蔵すべてが、細胞一つ一つが、爆発しそうになる。
爆発――情熱と、怜悧さが、重なる瞬間。
体が真に不動となる。
動かぬ身から、刃が滑る。
君に再び、会うために。
ほんの一瞬、勇気を振り絞って。
閃光のように。
緑の光が。
陽光の下、無限の彼方へ旅立った。
それは刹那にして永劫。
君に至る道。
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本日はこのまま、第1話に続きます。
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