X.聖暦1086年、晩夏。連邦より西北西、半島横断魔境。通過点。【スノー視点】
――――ふふ。前は墓に入るだけだったが、今生では伴侶と式を挙げられそうか。悪くない。
クストの根との決戦前。そっと船を抜け出してきた。
もちろん、ビオラは承知している。
姉上には……気づかれているだろうな。そもそも、読まれていたし。
荒野を行き、その場所についた。
借り物の神器車の、運転席から降りる。
後部座席から、エリアルも降りた。
姉上じゃないんだから、助手席乗っても気にしないんだがな。
そういうの、きちんとしたほうがいいのだろうか?
ビオラは、どうだろう。気にするだろうか……。
まぁ、それは帰りにでも考えるか。
「エリアル」
「はっ」
エリアルが手を振るうと、20m先ほどにあった別の神器車がばらけ、粉々になった。
その近くにいた男が、ようやくこちらを振り返る。
「な、コニファー王女!?なぜここが……」
うるさい。
わめいている凡庸な男は、かつて世界から追放したやつの姿を髣髴とさせる。
姿かたちは、確かに違うはずなんだがな。よく似ているように思う。
「そりゃここへの貴様の誘導が、こちらの予定通りだからだ。
確か、西宮とか言ったか?」
『揺り籠から墓場まで2』における、プレイヤーの分身役。
そしてこの世界を見るに飽き足らず、干渉した――邪神。
「くく、予定通りだと?
知っているぞ、お前たちの能力は。
その程度で!」
やつの遠く背後の砂地から、蛇が天に伸びた。
蛇の海、だったか。邪魔だ。
連邦で倒したやつに、目がないからあれはただの皮。
脱皮した本体がいるはず、というのは……当たりだったか。
あの方は、どれほど先を読んでいるのだろうか。
「お前たちの不幸は、私が姉に出会えてしまったことだ」
「は?」
我が姉は、細部まで読んで、首を突っ込むわけではない。
だが、だいたいのことは理解し――要所を抑え、ひたすら備える。
このいただいた腕輪など、最たるものだろう。
私が単独行動し、しかも切り札が必要な状況になると、読んでいたのだ。
私は右手首の緑の腕輪を、回した。
充填されていた魔力が流れ、輝きだす。
その手を、天に掲げた。
「『涅槃の彼方より、来たれ』!!」
中空にまだらの空間が現れる。
中から小型神器船が飛び出してきて、神主と蛇の間に割り込んだ。
装甲がすべて展開され、濃い魔力流を纏っている。
その魔力流が、赤く染まる。
向こうで蛇の胴体が無数の目を開いているようだが……それらがはじけ飛んでいく。
呪い合って、負けているのだな。
姉上と魔女姫が開発した呪装火砲。恐るべき威力だ。
魔物……それも伝説の邪魔の呪いを、はじき返すとは。
舟の上部の魔石が分かたれ、さらに下層が変形……四つ足の獣になっていく。
「1のヒロインが乗っているのか!馬鹿な、まだクストの根の相手をしているはず……」
確かについ先ほどまで、東には巨大な根が見えていた。
その姿は今は見えないが、パンドラおよび、姉上たちはあちらの相手だろう。
だが、現場への指示が終われば、上は別の仕事ができるものだ。
「本来なら、神器船建造は中型のみの予定だったのだそうだ」
獣と蛇が駆けまわる。
無数の巨石が、獣と蛇の周りを飛び回っている。
石と魔力流が蛇に当たっては打撃を与え、少しずつその体を砂地から押し出しているようだ。
「だが、最強の神器使いがいることを踏まえ、彼女のために小型神器船を用意した。
数々の戦闘機能をつけ、単独で邪魔すらも圧倒できるように」
瞳の呪いをはじき返し、石と流れを当て、時に自らも高速で体当たりし、蛇を浮かせる獣。
あの中に乗っているのは、我が姉でも、その伴侶でも、予言の子でもない。
「あそこにいるのは、我が妃、ビオラ。
役の名は、リナム・ロイド」
「誰だそいつは。そんなやつは、いないはず……」
彼女は全ゲームの開始前に役から外れるから、こいつらの能力からの認知があいまいなんだそうな。
ゆえに警戒され、先の時間では神主に謀殺された。
まぁ敵だから、警戒は合ってるんだが。
だがそれが、触れてはならない禁忌に触れた。
私の、怒りだ。
魔石によって、蛇が尾まで高空に押し上げられていく。
跳び上がった獣の口腔が、蛇の頭を瞳ごとかみ砕いている。
魔力流と、魔石がその身をぎちぎちに締め上げて――
砕いた。
巨大な白い蛇の姿は、もう跡形もない。
「馬鹿、な」
狼狽える男に、歩み寄る。
後ずさり、逃げようとし……その向こうから、7人ほどの集団が現れた。
「――――っ!?お前!いいところに!
ちょうどいい、与えてやった結晶の力で、私を助けろ!!」
来たのはクラソーと、六人の男。
その男たちは、ラリーアラウンドを名乗っている。
かつての時間では、女公爵タトルこと、リィンジア・ロイド……すなわち、ストックの部下だった者たち。
クラソーは素早く結晶を展開。剣を手にして弾丸を装填。
そして高速で駆け出し――神主の背骨を叩き折った。
次の投稿に続きます。
#本話は計5回(約9000字)の投稿です。




