27.連邦北端、神器船建造場付近。神器船パンドラ。穏やかな日。研究室にて。
――――君らは違うと思っていたのに。ちくしょう。祝ってやる。
あれから数日。
先の通り、後始末はない……ということで。
ボクらは緊急事態で後回しになったことを、いろいろやっている。
具体的には、運用試験の残りの消化だ。今のうちというやつだな。
ゆっくりと魔境を連邦に戻りながら実施。
最後に建造場で確認を行った後、納入後問題なしとサインして完了だ。
それから改めて積み荷を点検し、出港。王国西方魔境へ行く予定だ。
積み荷はまぁ……主に食料なんだけど。
これ、あまり補充いらないかなぁ。野菜も麦も引くほど育つし。
パンドラクルーで畜産家のマッティさんは、牛……牛鳥が専門なんだけど。
丸羽鳥もやったことあるっていうから、そこは仕入れないとな。
パンドラ上での畜産は、農産がちゃんとうまくいくってわかるまで、手配できなかったんだよね。
飼料が作れないとなったら、どうしても難しくなっちゃうから。
卵に。乳製品。
わくわくが止まりませんな!
消費が結構されて、生産がないその手のものっていうと……酒、かぁ。
水やジュースは大丈夫なんだけどねぇ。酒造は伝手が……いや、すごい人がいたわ。
あの人、今も神器船で酒を求めて東へ西へ商売しまわってるはずだよなぁ。
本人は酒がひたすら飲みたい系商人なんだよ。そのために人生捧げてる。
あの人なら伝手があるし、いきなり取引内ボクらから「酒造作りたい」って言われても受けてくれる。
そりゃあ、半島初の神器船酒造だよ?受けないわけがない。
酒の醸造は魔力のない土地ではなぜかダメらしく、これまでの聖域や中型神器船では成功してないんだ。
あの人なら、酒造神器船を作りたいとまで言い出しかねない。絶対食いついてくる。
ま。コンタクトだけとれるようにして、準備してく感じかな。
当面の分は、空いてる区画を酒蔵にして、できるだけ積んどくようにしとけばいいか。
「…………声かけても大丈夫?」
いつの間にか、そばに椅子を引き出して座ったビオラ様がいた。
他にはいない……ビオラ様だけ、か。
「大丈夫ですよ、ビオラ様。
考え事はしてるけど、これとは違いますし」
「両方気になるけど、それは何してるの?
高精度顕微鏡取り出すなんて、珍しいじゃない」
それを言うなら、パンドラの設備を使いに来ることそのものもだけどねぇ。
用はないと思ってたんだが、思いついたやつの検証にこいつが必要だった。
魔導顕微鏡。それも精霊魔法ベースの、超高精度のやつ。
ここはクルーのワッシーさんとコーコンスが管理している、研究施設。
特別何をってわけじゃないんだが、高額な魔道具を結構仕入れて、ここに集めた。
いろいろやるとき、一か所にある方が使いやすかろ、となって。
ボクは一人でやるならこの辺の機器もほぼいらないから、あまり使う予定はなかった。
ただなぁ。
「pm単位まではボクじゃわからないんですよ。
だからこいつを使わせてくれるように、コーコンスさんに申請出して借りてるんです」
「ぴこめーとる。え、ダメなんだっけ?」
「μmまでって言ったでしょうに。nmは多少わかりますが、正確じゃない。
nmの世界で作業したかったんで」
「???????」
魔導顕微鏡の台に乗せたシャーレには、ちょっといろいろものが入っている。見えないけど。
それをボクは指先でとったり動かしたりくっつけたりしているが、たまにうまくいかない。
そういうときに、顕微鏡覗き込んで、作業の補助に使う。
ああ、この高精度顕微鏡は魔導の力でそこまで見えるだけで、地球でいう普通の顕微鏡と見た目は一緒だ。
あとは、シャーレの保護機構、ある種の清浄機構がついてるくらいかな。
登録した物質以外を、フィルタして弾いてくれる。こういう、素手作業さえできる優れものだ。
たぶん、二つまで作れればあとはうまくいくんだよね。
一つは設計図通りにもうちょっとでできそう。
稼働の確認とかも、していかないとねぇ。
……………………。
何となく、ほんとーに何となくなんだが。
自分のことが落ち着いて、未来が、見えて。
その形を、ぼんやり思い描いていたら。
急に、先日の彼女の涙が、気になってきたんだよ。
嬉し泣きなのは、分かるんだけど。何かこう、胸騒ぎがして。
あの子、微妙にボクに隠し事してる節がずっとあるから……そのせいだと、思うのだけど。
そして一度気になると、過去の細かいことが、記憶をよぎってだね。
自分の頭を整理するためにも、こうして細かい作業に精を出しているわけだ。
おかげで、だいぶ頭はすっきりした。
何かあるかもしれないけど、備えておけばよかろ。
それはそれとして。さっき考えていたことを聞いておこうかね。
「ああそうそう。ビオラ様、アキャ―ロさんって知ってますか?
酒船主の」
「知ってる知ってる。よくお酒おごってもらったもの。
ん?あの人に連絡とるの?」
おごってもらってたのか。
クレッセントに来たことはなかったけど、魔境航行折衝してたらそら会うかぁ。
ボクも、学園入って自分で折衝に出た頃にあったからな。
その後、船を降りるまでは付き合いがあった。
「神器船酒造作りたいって言ったら、乗ってきませんかね」
「来るわね……ちょっとそれはこっちで検討するわ」
「ありがとうございます」
そうしてくれると助かるわ。
けどそういえば……。
「ビオラ様」
「なに?」
「スノーはどこに置いてきたんです?」
「……そんなひどいことしないわよ。
あの人が勝手に出てっただけだもの」
拗ねんなし。
「よりひどいわ。行き先は連邦?王国?」
「王国。新王都よ」
「ストックはそういやいかんのか、それ」
「いえ?一緒に行ったわよ?」
なんやて。
次の投稿に続きます。
#本話は計8回(約16000字)の投稿です。




