23-3.同。~見える世界が広がる~
~~~~ひょっとして皆、ビオラ様の戦闘見たことないからそういう印象なのか?そうかぁ。
「ギンナは見えてる世界が違うんだから、そんなもんだよ」
「世界が?どういうことです?」
「魔力や魔素が、目に見えてるんだよ、ミスティ。
魔力光じゃないよ?」
ボクは、魔素を空気中にばらまいたときだけ、それがはっきり知覚できる。
でも視覚情報とは違う。
目で、光としてそれを捉えられるというのは、ギンナ以外に聞いたことがない。
「そうなんですか?ギンナ」
「ええ。魔力光って目に見えるし。
魔素や魔力が見えるのも、当たり前のものだと思ってたわ。
前の時間の時にハイディに詰められるまで、知らなかったのよ。
みんなが目に見えてないって」
あの時は興奮してつい詰め寄ってしまった。
ギンナにはすごい引かれた。
とても反省している。
「魔力が目に見えたところで、感性が変わるものなのか?」
「……変わる、と思います。メリア様。
私やマリーちゃんも見えてる世界が人と違うので、その。わかります」
知り得ないことを知ることができるマリー。
正解を知ることのできるベルねぇ。
当然それは、知性や感性に影響のある世界だ。
おそらくギンナの世界とは。
「魔力……はわからないけど。魔素って、結構感情を反映するんだ。
だからそれらが目に見えるということは、人の心の動きはよく見えている。
ボクらは人の心が未知だから、驚いたりドキドキしたりするけど。
ギンナにとって、それはとても当たり前で、あるべき世界なんだよ」
「そうねぇ」
「えっと抉り込んでしまいますけど、それにしては人の心の機微に聡くはないですよね?ギンナ」
一応、オブラートに包んでるあたり、えらいなミスティ。
中身見えてるけど。
んっとそうだな……ボールの中を見ながら考える。
「ミスティ。ボクらは触れれば空気の温度がだいたいわかる。
では、その温度に常に関心を払うか?」
「ああ……当たり前だから、関心が向かないのですね」
「そうね。私にとって人の心の動きとは、確かに空気のようなものだわ。
そこにあるのが当たり前で、そう動いていることに不思議はなくて、自明で。
そこがわからないと、恋愛とは難しいものなの?」
「そんなこたぁないよ?
君が理解できているのは、魔素などに現れる、目に見えるそれだけだろ?」
「ほかがあるということ?」
「人間の体が、いろいろ反応してくれるよ。勝手にね」
「覚えがあまりないわね……。ハイディは、どんなときにそうなるの?」
ストックを探し……ああ。パンケーキ焼きに戻ったのか。
そうだなぁ。わかりやすいのだと。
「肌が触れた時に、いろいろ。快かったり、逆に不快だったり。
暖かかったり、冷たかったり、柔らかかったり、滑らかだったり」
「それは触感とかの感触そのものじゃないの?」
「だけじゃないよ。
というかそれに察しがつかないあたり、ギンナはあまり人肌には触れてないな?」
「殴り飛ばしたり締め上げたりすることはあるけど、そうね。
穏やかな接触は……ああ。もう少し子どもの頃なら」
そういや、ギンナも赤子の頃に戻ってきた勢か。
「そう、ね。そう。確かに、目に見える以外の、心の動き。覚えが、ある」
ギンナが……何かちょっと、堪えるように手を、握り締め。
解き。
顔を上げて、己の侍従を真っ直ぐに見た。
なんだろう?
「ベル、ちょっと」
「はい。なんでしょうギンナさ……様!?」
ギンナがベルねぇの左手を手に取って、両手でにぎにぎ、すりすりしだした。
えぇ~……?なにごと?どういう情緒??
「少し冷たくて、肌もかさついてる。水仕事してるからね?
ここ荒れてる。爪も、少し」
目を細めて、手の、指先の感覚に集中し、ベルねぇに触れている。
ベルねぇは顔が一気に赤くなった。
半島の女にとって。特に武に触れるものにとって。
素手をとられる、というのは。相応、特別だ。
そう教わるし、それが当たり前と認識する。
「あのあのあのあのああああの!!??」
「ああ……なのに。なんでこんなに、暖かいの?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ベルねぇからこう、かなりの勢いで気が抜けて行ってる感じだ。
ギンナはとても興味深げに……ベルねぇの手に触れ続けている。
ベルねぇはそんなギンナから、目が離せなくなっているようだ。
これもまた……新たな世界の花開く、瞬間だろうか。
「ギンナ、さま……」
ベルねぇがおずおずと、右の手も、差し出した。
どういう、心境だろうか。
彼女の目が、惑うような、うつろうような、色を見せている。
ギンナがベルねぇの両の手をとり。
それを比較するかのように、優しく撫で、感触を確かめている。
「ああ。ドキドキ。してるのね?ベル。わかるわ」
「はい……」
「伝わる……。ただ見てるだけのときは、あんなに味気なかったのに。
こんなに、色鮮やかで」
二人、ひたすら指を、手を、すり合わせている。
誰も二の句を継げなくなった。
もうあきらめて、メリアはお茶を淹れるのに集中してるし。
ミスティはひたすらパンケーキを食ってる。
ストックが戻ってこないのは、たぶん空気を読んでるからだな。
ボクも生クリームを混ぜる仕事に戻った。
意外に音はするのに。
とても静かな午後となった。
次投稿をもって、本話は完了です。




