23.中型神器船、パンドラ。発進。
――――おやつ時にやってくるとは、無粋な奴め。ぶっ飛ばしてやる。
「おやつがパンケーキと聞いて!」
食堂にちっこい大人が駆けこんできたようだ。
「ちょっと焼けた分だしてくるから」
「ああ」
ストックに続きを任せ。
いくらかのパンケーキ、生クリームやら果物やらをもって、食堂へ。
「待ってました!」
「今来たばっかりやんけ君。
メリアも、お帰り。お茶お願いしていい?」
「ああ。そちらも大変だったらしいな」
一度座ったミスティが、手を洗いにメリアに引っ張られていく。
その隙に、皿を並べて。
「まずは果実周りから食え。甘いのは後な」
「ハイディの生クリーム、おいしいのに……」
「お茶と一緒なら絶品じゃろうて。ねぇメリア」
「そういうことだ。ミスティ、歓待は甘んじて受けよ」
「はい、いただきます」
メリアの言うことならほんと素直に聞くな?君。
そして早々に、果実を乗せたパンケーキが消えて行く。
そのメリアは、カウンター向こうの焜炉で湯を沸かしている。
お湯くらいは魔道具のポットがあって、用意はあるんだけどね。
彼女はいつも、手ずから沸かすところからかかる。
「連邦に入ってからは、忙しかったよ。
なんか、戦ってばっかりだった気がする」
「……休暇じゃなかったか?ハイディ」
「休暇だよ。三年前の旅だってそうじゃったが?」
「言いたかないが、まさに呪われとるなおぬし」
「まったくだ」
呪いの子仲間で笑い合う。
メリアが喋りながら、茶葉を淹れたティーポットにお湯を注いでいく。
ジャンピングはオカルトだ、などという意見もあるそうだが、ボクもある意味賛成だ。
踊る茶葉でどうしてメリアのお茶があんなにおいしくなるのか、ボクはさっぱりわからない。
同じことしても、味が同じにならないんだよなぁ。
手順は寸分狂いなく再現してるのに。何が違うんだろう。
疑問に思いつつも、手を動かす。生クリームの調整だ。
ボールごと持ってきたそれを、泡だて器で混ぜて、温度と状態を整える。
少しまだ冷たいくらいで、泡だて器に乗せて、たっぷりとパンケーキへ。
「ふおぉぉぉぉぉ……。これがいいんですよ、これが」
クリームに立った角が、くねっとなっていく。
絞り袋にいれて絞ってもきれいなんだけど、また温度変わるから面倒なんだよね。
連邦は王国に比べれば畜産もやってるほうなので、乳製品も手に入りやすい。
今のうちの、ぜいたくだ。
さすがに、船で畜産は面倒だが……そういやマッティさん、専門じゃん。
いつかのファイア大公のお話、ちょっと真剣に着手しようかな?
うん、よし。やってみよう、神器船畜産。食生活が豊かになる。
卵が!食べられる!
「しかしハイディ。ずいぶんな歓待だな?」
そんな不思議そうに言うことかねぇ、メリア。
ボクらと離れてる間、きっと大変だったんだろうに。
顔に書いてあるぞ?ミスティの。
「労をねぎらってるというやつだよ。
何をやらされたの?ミスティ」
「んー。三つあって。
一つは、パンドラが出た後……くらいには話せますね。
もう一つは、内緒。まだ途中です」
「最後の一つは、例の?」
「ええ。三年後くらいに、大きく動きますよ」
「もうかよ」
「もうです。がんばりました」
ボクが前の時間の最後にやらかした、半島の水脈変更。
狙いは、魔境の組み換えによる……魔界の出現。
現状の半島では、河の流れが魔境を結構ぶつ切りにしている。
そして、これを組み換えると各魔境の大きさが拡大。
閾値を越え、魔境内部で魔界が発生するようになる。
魔界の中では、魔物は飢えず、理性を取り戻す。
そうすると、人と生存競争しなくなる。
ダンジョンの深いところでは、すでにその状態となっており、魔物と人が穏やかに暮らしている。
そしてミスティの狙いは、この魔界化に伴う「空気中の魔力が魔素に戻らないようになる」ことの方。
魔素→魔力のときに魔結晶ができることがある。
魔力は普通いずれは魔素に戻るものだが、魔界内ではこれが戻らなくなる。
魔界以外では、いずれこの結晶化によって、世界すべてが魔結晶となる。
魔結晶は数千年以上の時間をかけて、徐々に魔素に戻るため、その間地上は死に絶える。
この魔結晶化の周期が、ある種の循環、輪廻のようなものを生み出していて。
ミスティはずっと、その繰り返しを味わい続けている。
彼女とメリアは、それを終わらせたいのだ。
しかし。
「押し付けておいて難だけど。あれ、どうやって穏便にやるのさ」
「ハイディの提案通りですよ?」
なぬ?
ボクの提案とは、帝国を丸ごと魔境にすれば半島を魔界にできるよ?というものだ。
ちょうどそのくらいで面積が足りて、このクレードル半島は一気にすべて魔界化する。
魔界化は魔境と違って、河の有無は関係ないんだよ。
大きさについても、ちょっと固有の法則がある。
一定の広さを超えると、指数関数的に拡大することがわかっている。
「誰かさんが面白いことしてくれたので。
それで推し進めることになりました」
ミスティが食堂に追加のパンケーキを持ってきたストックを見ながら、言う。
ストックのした面白いこと……。
「引っ越し、か」
「そうです」
帝国民をすべて神器船に乗せて、半島……場合によっては海洋に引っ越す。
そうすれば、帝国領土をすべて魔境にできる、か。
なるほど。
パンドラで、王国並みの農耕が可能なことは、すでに証明できた。
飢えた人たちは、喜んで飛びつくだろう。
次の投稿に続きます。
#本話は計4回(約7500字)の投稿です。




