21-9.同。~身の内より、星の輝きを放つ者~
~~~~誇りで結晶を乗り越えるとか……こいつもたいがい、人を超えている。
名を名乗ったことで、存在が定まる。
魔素が大量生産され、全身を駆け巡る。
体表に入った、いくつかの赤いラインが、より強く、不気味に輝く。
ディックの放った炎が、再びボクにぶつかる。
消える。
『ディック。君は魔物との戦闘経験は少ないようだな?』
『……なんだと?』
『知らなかったのだろう?
――――人型の魔物に、魔導は効かない』
駆け寄る。
殴りつける。
体に当たる前に、腕が差し挟まれ。
結晶が砕け、その体が吹っ飛んだ。
『そして魔物の皮膚の硬度は、魔結晶の比ではない』
『ぐ……石に頼る俺も大概だと思ったが。
魔物に成り果てるとはな』
『うるせぇ。人間は元々魔物だ。
他の魔物と違って、自分で魔素を生み出せるだけだよ』
『ああん?』
隙あり。
駆け寄る。
蹴り飛ばす。殴る。押し飛ばす。
……意外に巧みだ。
生身が露出したところを、点いてやろうとしているのに。
ディックは砕かれていないところで、防御を続けている。
お?
炎が巻き起こり、結晶が戻る。
再生の炎か……。
『ふざけるな。
にん……いや。
俺を舐めるんじゃねぇ!!』
何かミシミシという音が……あいつ、結晶の密度を上げてるのか!?
どうやってるんだ、滅茶苦茶だろう!
慌てて殴りかかる。
こちらの拳も届いたが――向こうにも殴り返され、お互いかなりの距離を飛んだ。
奴は奥の壁まで。ボクは……ストックのそばまで飛ばされた。
変わらぬ魔物の硬皮で殴ったのに、結晶が砕けなかった。
奴の結晶がさらに硬度を増したんだ。
油断した。
ボクの会心の発明に、この土壇場で、力技で及んでくるとは。
恐るべき戦士だ。
『くそおおおおおおおおおお!!!!
石ころが!!俺に従ええええええ!!!!』
ディックが気合いで、結晶を抑え込もうとしている。
奴の体の結晶が、厚くなったり薄くなったり、波打ったりしている。
……まずいな、これ。
場合によっては、内蔵の結晶化によって内魔結症を引き起こして、死なれる。
戦いの最中に死なれたら、こっちにキルスコアがついてしまう。
成人してから、精霊ウィスプがどういう裁きを下すか、わからない。
『こういう時は、不敵に笑え、だったか?ハイディ』
片膝をついたままのストックが言う。
そういえば、三年前のことを二人で振り返ったことがあって。
その時、話したことがあったな。
アっさんが教えてくれた、格好つけ方の一つだ。
顔全体を覆い、表情が見えないはずの、黒い硬皮の向こうで。
彼女が不敵に笑っているのが、なぜかわかった。
ストックが、立ち上がる。
魔素制御が不十分な君が、どう、やって。
彼女の体に青紫のラインが走る。
瞳に当たる部分が、同じ光で、輝く。
そして、その硬皮全体が、薄っすらと紫に染まった。
まるで呪文の獣のような、光沢。
あ、その滲み出てる赤いの、宿業かよ!?
え、なにこいつ。ボクへの執着で、必要な工程をすっ飛ばしたの?
そのフォームはちょっと先のやつですよ?何ボクの先までカッとんでるの??
━━━━『マナ・リィンジア・アウローラ』。
しかも忌み名を完全に引き出しやがった!
さてはばかだろうストック!しょうがねぇなぁ!
『この姿が魔物だというのなら。
私ほど業の深い女が。
お前への執着にまみれた女が。
御せぬわけがあるまい?』
またそういうこと言う……。
今戦闘中だぞ?
ストックに向き合い。右手を顔の高さに掲げる。
彼女も右手を掲げ。
叩いた。軽やかな音が、響く。
ディックの方を向き直る。
もがきつつも、制御を為しつつあるようだ。
さらに薄くなった結晶の向こうに……奴の血走った目が見える。
『黒 点 よ』
ストックが膝を曲げ、足に力を溜める。
まるで、礼をとるように。
ディックの上から彼に向けて、青い錐のようなものがいくつも浮かぶ。
彼を、矢印か何かが指し示しているようでもある。
そして青い錐のような何かは……見ようによっては、紫陽花の切り花のようでもある。
『星 空 よ』
ボクもまた、足を前後に開いて構え、深く前傾する。
この礼を、精霊アウラに捧ぐ。
奴の周りを、いくつもの藤蔓のような直線が、囲む。
ストックが跳び上がる。
『紫陽に』
ボクもまた、駆けだす。
『紫藤に』
黒炎が駆け、紫陽花の花壇が、淡く太陽のようになる。
閃光が駆け、藤蔓の棚が、歪な星座となる。
『『輝け!!』』
二人駆け抜け、地にまた立つ。
振り向く我らの視線の先で。
ディックの腕に錐が刺さり、結晶が砕け。
泳いだ腕が蔓に当たり、無数に点かれる。
右脚が。腰が。左腕が。頭が。背中が。右脚が。
外も、内も、砕かれる。
結晶のなくなった生身が、崩れ落ちた。
ッ。
勝っ、た…………!
次投稿をもって、本話は完了です。




