5.聖暦1083年、夏。ファイア領より、王国西端を目指して。旅立ち。
――――四歳児の平民なんだから、乱暴な喋り方でもいいだろう。照れ隠し?さぁ、なんのことかな。
二人、書庫から出て「準備」のためにファイア邸を回った。
この場合準備とはすなわち、ご挨拶だ。
大公と大公夫人、エリアル様、フィリねぇとキリエ様。
大人たちは一枚噛んでたみたいで、快く送り出してくれる構えだった。
フィリねぇにはめっちゃ泣かれて、でも喜んでくれた。
キリエ様は。
「こぶんいちごう、にごう。このくにをまもるたいぎ、しっかりはたしなさい!
おやぶんたるわたしもすぐ、ともにならびたつわ!!」
何だこの人。男前か。
いやそういう子やったわ。
まさに三つ子の魂、100までだな。
「じゃあ、三号をお願いします。親分」
「鍛えてやってくれ」
「まかせなさい!」
「ええええええ!?」
ふふ。また会いに来よう。
いつでも気軽に会いに来れるように、がんばろう。
そうしてお別れをすませ、旅支度を重ね……出立の日。
見送られて屋敷を出たら、その人がいた。
子ども二人で行くわけにもいかないし、ドーンからの迎え、なわけだけど。
この人、ここにいていいのか?
「リィンジア」
「お母さま。お待たせいたしました」
とても背の高い女の人だ。
波打った癖のついた、ストックと同じ色の髪。赤い、瞳。
肌は青白く、少し不健康そうに見えるけど、姿勢もよく……ドレス姿なのに、鍛え上げられた印象のある、人。
少し低い声が、とてもよく通る。
――――王国西方魔境、最接近領の要。エングレイブ最強の武人、ヴァイオレット・ロイド様。
「紹介いたします。母です。モンストン侯爵ヴァイオレット・ロイド。
お母さま、こちらがウィスタリア。わたくしはハイディと呼んでいます」
子ども同士ならともかく、大人がいるときのストックは、ちゃんとリィンジア様だ。
「ヴァイオレットよ。……藤と、紫陽花からつけたのかしら」
「ウィスタリアです。由来は、はい。そう聞いています」
礼をとってから、答える。
ウィスタリアはそのまま藤。髪の色からとってるんじゃないかな。
藤色……紫っていうには、かなり暗いけど。
あと、紫陽花の「Hydrangea」の前からとって、「ハイディ」なんだそうだ。
「奇遇ね。リィンジアのも、両方花の名前だから」
「私の名前は、竜胆をもじったんでしたっけ?」
「それもあるわね。ストックと名乗っているのはなぜ?」
「お母さまが最初に着けようとしたのが、ストックらしいと聞いたので」
「そう」
二人はとても穏やかな雰囲気だ。
ストックがご家族といるところは初めて見るけど、こんな顔するんだな。
というかこいつ、自分では予備品扱いされたからストックって名乗ってやったって、言ってたのに。
あの頃はさては、グレてやがったな?無理なからんけど。
花の名前とは初耳だぞ。実に君らしいな。ようやく納得したわ。
それにしてもヴァイオレット様、ひょっとして園芸趣味かなにかだろうか。
やたら花の名前をコードネームにしたがる、かつての恩師の姿が重なる。
だがしかし……こちらに対する気配は、あまり穏やかではないな。
こういうのには、覚えがある。学園にいた頃、所用で体験することが多かった。
お乗せしていくことになるんだろうが、これは緊張感のある旅になりそうだ。
「では二人とも、私は行くから。適当に来なさい」
はい?ボクが載せてくんではな……あ!もう走って、姿が、見えなく……。
…………。
ヴァイオレット様、すごい勢いで走って行ってしまった。
ご挨拶だけだったってこと?
「お仕事もあるから、ドーンに戻られた上で、時々こちらの様子を見に来ていただけるのだそうだ」
…………。
なるほど。そういうことか。
しかしドーンまでって……王国西端のさらに先だし、馬車だとこっから七~十日はかかるやつやぞ?
神器車だと、飛ばせば今日中につくけど。
それを、走って行き来すんのか。
「…………王国貴族は戦略兵器って、そりゃ言われるか」
「まったくだ。精霊は偉大だな」
「ん。ボクらも行こうか」
「そうだな」
神器車の側面に手を当て、セキュリティロックを解除する。ボックスの色が、砂色から光沢のある黒になる。
車両契約とキー登録も済ませてあるので、車体が浮いて、外殻魔力流も現れた。赤いフレームに、黒のボディカラー。
内装も、これで準備されたはずだ。所有者登録してあると、外側から起動できるんだよね。楽でいい。
現れた扉を開け、二人で乗り込んだ。ボクは右から、ストックは左から。
車両契約した際に、中は少し変えてある。
例えば座席のサイズ。前よりさらに自分の体に合わせ込んだ。おかげで、小さい体でもこのクルマは快適だ。
色合いも違う。前はベージュベースだったけど、今は黒。落ち着いてていい。
外装のボディやボックスカラー、内装の色は、サンライトっつーからそのままでもよかったんだけど。
ちょっと好みに合わせて変えてしまった。
フレームカラーは核結晶に依存するから、赤のままなんだけどね。これに黒が合うと思ったので、つい。
青く浮かびあがっている計器陣は邪魔なので、手で触れ、スライドして消す。
計器陣ってのは、丸い魔法陣状の薄く発光した画面で、速度とか使用者の魔結晶出力残量とかを教えてくれる。
あとでデフォルトで出ないようにしとこう……警告表示だけポップすればいいや。
ボク、速度なんて体感でわかるし、魔結晶出力は桁が違うから、こんなの見えても意味がない。
結晶出力が尽きるくらいまで運転したら、ボクはその前に体力の限界を迎えて倒れるわ。
座席に深く腰掛け、隣のストックを見る。
彼女も遠慮がちに、こっちをちょっと見ていた。
……ドキドキする。
ヴァイオレット様も乗せると思ったから、心の準備が、ちょっとこう、できてない。
二人旅は、初めてなんだよね。
深呼吸をする。
よし。行こう。
ギアを切り替え、ハンドルを握り、アクセルを踏んだ。
次の投稿に続きます。




