18.イスターン王城離れ。長い一日の終わり。
――――そば。そばとは何か。本当に存在するのか。わからない。ボクは雰囲気で打っている。
深夜、街の隅の戦闘で、ダリア、マリー、ストックの尽力で破壊も少ない。
朝になったら通報が行くかもしれないが、今のところは野次馬とかもなかった。
これ幸いにと、全員引き連れて離宮に戻ってきた。
ビリオンは、離宮の駐車場だ。元々、ここに停めてあったらしい。
そうしてボクは、泊めていただいている部屋の隣のキッチンで、怒りのそば打ち中である。
腹が減ったんだよ、腹が。
なのに、粉しかねぇ。ふざくんな。
イスターンの離宮は、ダリアとの研究開発で使わせていただいたこともある。
滞在中、食事が疎かになるので、付近の空いた一室をキッチンにしてもらった。
ボクとダリアはそば派なので、ここではいつでもそばが打てるようにしてある。
小麦粉もいろいろおいてるんだが、よく考えたら急な訪問だったので卵がない。
丸羽鳥の卵だ。王国では貴重だが、連邦では一部地域で盛んに育てられている。
麺のつなぎによく使うからかね。
あと、すぐ食べたいときに、生地寝かせなきゃいけないやつはアウトだからな……。
そばは比較的、寝かせる時間が短いという認識だ。
もちろんどれも、結構寝かせたほうがおいしいんだけど。
というわけで、深夜のそば打ちと相成った。
自分の全身は丸洗いした上で、服はもちろん着替えてある。
そばを打ち、出しと返しを作り、寝かせたそばを茹でる。
茹で上がったそばを冷水で締め、そのまま盛りで出す。
「これおいしいわ!」
「あ”あ”~!半島でこんなそばが食べられるなんて……」
「「おかわり」」
一瞬でないなった。
ボクは切れて、再び怒りのそば打ちに戻る。
この欠食令嬢どもめ!啜らずに食べるのお上手ですね!!
そば生地も大きさに限度というものがあるので、とにかく量産に努める。
ボク、ストック、エイミーがいるから、多少作りすぎても大丈夫じゃろ。
マドカとアリサ、マリエッタの食事量が読めんが、そばはすごい勢いで無くなった。
好みの二八の割合で回し、こねて伸ばして畳んで切る。
がんがんつくって適度に寝かせつつ、まただしと返しを作って、そばを茹でる。
これ、ボクが食べ終わる前に夜が明けねぇ……?
あと、連邦麺食になじみ深いやつ多くない?
箸使うの上手っすね??
工程が確立し、間に余裕ができてきたので、冷蔵庫や棚をチェック。
お、芋やら野菜がちょっとあるぞ。使っちまおう。
小麦粉を水で溶いて衣にする。油壷を用意し、揚げ油を注いで焜炉に置いて着火。
やっぱそば具といったら、揚げだよな。
魚介もあればいいんだけどなぁ。仕入れられないかしら。
マッシュ揚げもいいが、あれは温そばのときがよかろ。
「当分かかりそうだな、ハイディ」
「自分が先に食えとは言わん辺り、君もボクをよく理解しとるねストック。
話ならそのまましてもいいよ?」
自分以外にも飢えてるやつがいるなら、その腹を満たしてから食うのがボクのポリシーだ。
「とはいえ、どこから整理したものか……」
「とりあえず、ボクがエルピスで意識を失った後、何がどうなったか君視点で答えよ」
「それはだな――――」
ストック曰く。
あのあとダリアとマリーに合流。ジュノーとまず連絡をとった。
そこでソラン王子と……マドカ、アリサに会ったという。
明らかに『揺り籠から墓場まで3』の登場人物の顔だったが。
ソラン王子から頼まれて、イスターンに用があるという二人と、王子を連れてここまで来たと。
なお先のジュノー神隠しの件は、王子が後始末に立ち回ることになったらしい。
で、連れて来て滞在。目覚めないボクは部屋で寝かせて。
その晩に、このようになったと。
深夜、エイミーとマリエッタがいなくなり。
ストックたちが探しに出たら、マドカ、アリサ、そして再現の二人に遭遇。
交戦していたらクラソーも介入してきたが、これはアリサが撃退。
そうこうしているうちに、ボクが来たと。
「…………なぜ誰かしら先に、アリサとお話しといてくれなかったんだね」
「「「…………」」」
ダリア、マリー、ストックが目を逸らした。
まぁ余裕がなかったのは、わかるがね。
ストックに期待したいところだが、こないだの対クラソーを思うに。
ちょっとこの子も脳筋だよね……。
「お話は殴りかかる前にしようね。
ただの鉄砲玉なら戦ったって無駄だし。
黒幕なら、どんなに情が湧いても首を刎ねないといけない」
「あんた、怖いことさらっと言うわね……」
「ボクは、話し合った末に決別した友、六人の首を刎ねた女だ」
「ヒエッ」
「そこだ」
なんか震えあがったマドカを押しのけ、アリサが話に加わってきた。
……そばはまだめっちゃ食べてる。
マドカもそうだけど、この子ら二人ともよく食べるな。
マリエッタも、猛然と食べ続けてる。
欠食令嬢が増えすぎなんだが。
「お前は殺気がまったくない。だがお前だけだ。
マドカを殺される、と危機感を抱いたのは」
「え。私、殺されるところだったの……?」
「ストックが無事じゃなかったら、生きてなかったんじゃない?」
盛りそば二つと、つゆの追加を二人の前に置く。
「大事なものがあって、優先順位がはっきりついてるだけだよ。
君らと同じ。
で、こいつやばいと思って、お話聞いてくれたってこと?」
「思わず戦う気が失せた」
「そりゃ何よりだ」
何かマドカが、アリサは強いのにぃ……とかぶつぶつ言いながらそばを食べてる。
かわいらしいこと。
次の投稿に続きます。
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