16-5.同。~箱の底に遺されしもの~
~~~~ちょっとその。ストックかっこいいし。恥ずかしい。
彼方へ飛んで行く竜――ストックを見ながら、少しぼんやりとする。
見送る、のは……そういえば、ドーンの時、くらいかな。
結果はよかった。信じてはいた。
けど…………。
「どうしたの?ハイディ」
エイミーに声をかけられ、はっとした。
「ごめん。二人に制御を渡すね。
端末に手を置いて」
呪装火砲と重魔力収束鏡の維持管理を、二人に引き渡す。
すでに蛇のそばまで到達したストックが、高空から獣の矢を射かける。
轟音が鳴り響き、蛇が消し飛ぶものの……大地からすぐ頭が伸びてくる。
首がたくさんある、わけじゃないな。再生がまだ、早いんだ。
三年前の奴も、呪いの力でかなり切ってから、やっと再生が遅くなったものな。
「何か懸念があるのですか?ハイディ」
「ん……邪魔ってのはね、すごいしぶといんだ。
しかも、生存本能が高いのか、生き汚い。
地中に本体があるとみられるこの状況、かなりの持久戦になる。
しかも、決めに行ったら、コアは別のとこに移動済み、とかあり得る」
「えぇ~……」
三年前、王国西方魔境で戦った恐竜のようなやつは、その点まだましな方だった。
全貌が見えていたし、それでもなお体の一部を地中に隠して、生き延びようとしたけど。
最初から砂の下にいるこいつが、まともに倒せるとは思えない。
「とはいえ、まだ手があるのですか?」
ある。まだ切れる、札が。
だがとてつもなく重い。
エルピスだと分散機構の効率が足りなくて、ボクだと扱いきれない。
中型のパンドラの方にも入ってるけど、あっちは大きすぎてダメなんだけどね……。
とにかく使いたければ、誰かの手がいる。
でもできれば、やりたい。
ストックを一人で、戦わせたくない。
彼女の、助けになりたい。
少しでも……!
「……ある。けど、ボクの負担が大きくて、できても起動までかもしれない」
「なら私が手伝うわよ!」
「いや、エイミーは呪装火砲を持ってもらってるし。
そこに加えては、たぶん持たない」
「私が今の二つを維持するのは、ダメなのですか?
細かい制御が必要ないオーバードライブなら、大丈夫ですが」
マリエッタ、タフだな??
二つとも、結構維持に力を食う補助の魔導なんだけど……。
いや、そこまでしてくれるなら、迷ってる暇はないな。
長い首が、空に高く伸びてストックを狙い、彼女は高速で飛び回りつつ、反撃しているが。
ただでさえしぶとい奴に、守勢に回らされている。楽観できない。
雷光の如き竜の飛行に、追いつくなんて。侮れない。
「わかった」
端末を操作し、呪装火砲の制御をマリエッタに移す。
「ん……大丈夫。一時間くらいは、いけます」
長いな!?
「ハイディ」
「うん。やろう」
まさかこんなところで、奥の手を出すことになるとは思わなかった。
ボクの友達が勢ぞろいで、エルピスかパンドラがあるなら、邪魔なんて敵じゃない。
この舟は、あいつとの戦いを踏襲し、ボクがデザインしたものだ。
しかしストックと二人だと、やはり厳しい。
でも、新たな仲間がいるなら。
右手でハンドルを握る。
アクセルとブレーキに足を。
シフトレバーに左手を。
深く、息をする。
「『災厄よ。彼方へ、広がれ』!!」
操舵室の上が閉まる。
そして舟のすべての内室……一辺3mの立方体が、内部を保護して固まった。
これから、派手に動くからな。
中層と上層の立方体、合計504室が分裂。
魔力流に乗って、中空に浮かびだす。
……制御が、滅茶苦茶重い。
だが、次まではこのまま、維持しないといけない。
エイミーに手伝ってもらうのは、起動後だ。
「カラミティ……ぐっ」
むせる。
鼻腔奥から、思いっきり血が流れ込んできた。
「は、ハイディ!?血、耳から血!!」
くそ、毛細血管が結構切れやがった。
負担分散にも優先順位がある。まず使用者の結晶化。次に神器自体の破損。
これらを回避した結果、複雑で出力の大きい制御は、体にフィードバックがある。
魔導でもある現象だ。身に余る力を使うと、体を壊す。そして術が起動しない。
このままでは、肝心の「次」が使えない。
せめて――――
『大丈夫。ハイディなら、こんなの楽勝ですよ!』
彼女の、声が、聞こえる。げん、かく?
そっとボクの頭に、その手が乗った気がした。
神器を振り回しすぎて、豆が潰れて固くなってる、マリーの手。
『でも今回は、手伝ってあげます』
魔力流の澱みがなくなる。
滑らかにすべてが流れだす。
しかも、あれ、は。
遠く西の空から、放物線を描いて何かが飛んできて……大地に刺さる。
刹那、ストックに噛みつこうとしていた邪魔が、凍り付いた。
どこかに、マリーとダリアが来てるのか!?
くそっ。
甘く見積もっていた。
この程度で、友の力を借りねばならないなんて!
お前はまだ、力を尽くしてないぞ!ハイディ!!
瞠目し――頭の中で、撃鉄を起こす。
シフトレバーから手を離し、袖を咥え、息をする。
そうして引き金を引いて……全ての魔素を解き放つ!
未来よ、ボクに力を貸してもらうぞ!
次投稿をもって、本話は完了です。




