15.ミマスの街、ギボス河ほとりの港。集団戦。
――――エイミーはボクが思ってたより、二回りくらいやばい奴だった。
廃倉庫の壁を突き破って、しばし。
今のところ、まぁボクら三人は無事だ。
河川港に向かって、単車が疾走を続けている。
港のある河、ギボスは非常に川幅が広い。向こう岸がさっぱり見えない。
水平線が遠いやぁ。
なお、まだ移動中であるにも関わらず、そこまで見えているのは。
『っ―――ぐっ』
断続的に、後ろからストックのくぐもった声が聞こえる。
うん。よく我慢してるね。舌噛むからがんばれ。
何せ我々は今、家屋や倉庫の屋根を爆走している。
マリエッタ、やばい奴だった。
壁を突き破った時点でアレだったけど。
そのまま文字通り真っ直ぐ、河川港に向かい出しおった。
あれか?
家屋の中を突っ切らなかったのは、マシととらえるべきなのか??
まぁ時間的にはたぶん、10分くらいのものである。
我慢できないほどではない。
距離的に、10分でつくのは明らかに速度がおかしいのだが。
屋根から屋根へ跳んで、着地。
加速して、また次の屋根へ。
単車はそこまで重さはないので、普通の家屋の屋根に着地しても、突き破ったりはしない。
背の高い建物から、一気に飛び出す。
眼下、少し向こうに――――いた。
多数の船が並ぶ港。その広めの空間で、かなりの人数が戦闘をしている。
相手たぶん、三桁いるんじゃなかろうか?
顔は認識できる。モザイク兵じゃない。こっちで正解だな。
緑の光も見えるから、魔導師がいるようだ。
シャドウで見た装いとは違うし……結晶兵ではなく、魔導師、か。
これが敵の、本気の実戦力ってところだろうか。
相対しているのは、スノーとエリアル様だ。
ボクはフルフェイスのヘルメットをとって、投げ捨てた。
こいつ、その辺に投げとけば消えてくれる。魔導だし。
「ストック!敵数100余り!スノーとエリアル様が戦闘中!
エイミーは奥だ!行くぞ!」
袖を咥えて呼吸、雷光を発し、単車の脇を蹴って地上へ向かう。
ボクの瞳が赤から……紫へ変わっていく。
一直線に――奥の方、こそこそと動く揺れる何かの元へ。
着地。見えない何かから、圧を感じる。
おそらく、咄嗟に蹴りを向けてきたのだろう。
愚策だな。わかってないのか?
ボクはいい加減、頭に来ているんだ。
ボクの友達を、返せ!!
深く息をし、全身の魔素を放棄した。
ボクの瞳が、黒く染まる。
世界のすべてが、遅くなる。
魔素から周囲が、自分の体が、すべてわかる。
着地し、戦闘を開始するストック。雷光で駆け抜けるスノー。
鮮やかに拳で制圧するエリアル様。地面に降りたマリエッタの単車。
敵の様子、残数、倒されてる者の状態。いろんな情報が入ってくる。
慣れたもんだが、脳は経由していないのに、不思議な感覚だ。
そうして、今僕に蹴りを向けている、目には見えないそいつの様子も、よくわかる。
そいつに対してどう動き、どう点けばいいのかも。
……少し腕に絞められて、苦しそうなエイミーの様子もわかる。
大気中の魔素がボクの心に感応し……紫のそれの、赤みがほんのりと増したのを感じる。
――――行くぞ。
踏み込み、回る。
足先から太もも、腰から後ろに回り、反対側の肩へ。
そこから回り込んで――エイミーを捕えているとみられる、腕のその先まで。
都合、138か所の要所を丁寧に点いた。
さらに足先で脇をひっかけて、そいつだけを蹴り回して陸側に飛ばした。
幾人かが巻き込まれて倒れ、気を失う。
透明なそれもようやく見えるようになってきたが、まぁ見る必要はねぇな。
「エイミー……よかった。ケガもないね」
捕まえてたやつが離れたので、ようやくエイミーの姿が見えた。
ふらついた皇女を、横抱きにする。
「ハイディ!来てくれたのね!」
おっと。ひしっとしがみつかれた。
……怖い思いをさせて、ごめんね。
「遅くなってごめん。ちょっと離して。
君のエキサイティングな友達に預けるから。
マリエッタ!」
神器単車が近くまで来たので、マリエッタの後ろに、エイミーを座らせる。
「しばらく頼む。
このふざけた連中を、制圧しないといけない」
「ええ。エイミー様は任せて」
エイミーを乗せて、マリエッタが場から少し離れていく。
近づいて行こうとするやつは、ストックが打ち落としている。
「がんばれハイディー!!」
声援が飛んでくるとは思わなかったな?
ちょっと照れる。
んむ。よし。
魔素はまだ、体に戻ってきていない。
いける。
桟橋近くから、戦場の真ん中めがけて歩き出す。
ストックも加わって、絶賛乱戦中だ。
幾人かが気づいて、こちらを見た。
魔導も練られている。
姿を隠している連中も、いるな。
全部、見えているぞ。
モザイク兵はいないみたいだし、遠慮はいらねぇな?
未だ戻らぬ紫の魔素が、ほんの僅かに電気を帯びたのを感じる。
おや?相性が悪いと考えていたが、そういうこっちゃないんだな?
理屈にはまったく合わないが――それがボクの力というやつか。
元々魔素解放したときは、体から魔素がなくなるから、ろくに走れなくなった。
けど今は、予感がある。
この紫の小さな輝きが……ボクを、導いてくれると。
ならば全力で。
やってやろう。
日輪の紫よ。ともに行こう。
次の投稿に続きます。
#本話は計4回(約8000字)の投稿です。




