13-2.同。~数奇な結ばれ方をした二人~
~~~~上司よ。この際、淑女みはいい。女子力を拾ってこい。
スノーの前にもグラスが置かれた。
彼女は炎の揺らめきを、しげしげと見ている。
さて。ボクの方は火も消えたし、グラスを持って。
「お先に」
スノーの方に、少しグラスを傾けて。
鼻先へ運ぶ。実に香ばしい。主張の強い香りだ。
一口。
「これだけ色も香りも派手なのに、味が清流のよう。
集中している時間を思い出して、休憩にいいんですよね。これ」
燃やしたのに冷えるし、アルコールが飛んだのにかえって強く香るし。
本当に、不思議なカクテルだ。
「姉上が大人だ……」
「昨日、実質アラフォーだって話出たばっかりやんけ。
あとこれ、王国のカクテルだし、ロイド産やぞ。
特に上司は知っとけや。
こういうの、他所で聞かれるんだから」
「覚えらんないのよう……」
所長が情けない声を出しながら、ジョッキをあおっている。
魔境を行く場合、政治的な折衝をするが……そういう場で聞かれるんだけどねぇ。
ビオラ様が飲んでるの、中身は普通のエールかな。
王国本土なら果実酒がメインだが、聖域は輸入だよりなので、麦酒も果実酒も同じくらいの値になる。
その都合上、ドーンやユリシーズの飲食店では、エールの方がよく飲まれてる印象だった。
ビオラ様は、酒本体よりつまみが好きな人なので、それを邪魔しない麦酒を好む。
とりあえずビール頼んで、焼き鳥と枝豆食ってるおっさんのような人だ。
塩で清酒も好きだと言っていたが、どこで飲んだんだ。連邦か?
「じゃあ、同じ山をイメージしたものでも、冬山絡みのものに絞って覚えておきなさい」
「なんで?」
「ボクの妹を思い出すようなものなら、覚えやすいでしょ」
「ん”」
そんくらいで耳まで赤くなんなし。
人生経験も、妻や母親の経験もあるだろうに。
ミスティと同じように、もう何度も繰り返してるはずだしね。
皇帝の側妃にされ、子を産んで、そして離縁。
国元に帰るも、病気が治ったら誰からも認識されなくなる。
そんな人生の繰り返しなど、さぞや……とは思うが。
元気にエールを飲みながら鳥串をかっくらい、エリアル様にこそこそ何か聞いてる様子を見るに。
ずいぶんタフに、その運命の荒波を乗りこなしているのだろうか。
「にしても……女性同士の色恋沙汰は普通か、とか聞いておきながら。
自分がそうとはね?スノー。
ボクが覚えている限り、君もビオラ様も異性愛者だと思ったが。
特にビオラ様は、本気で意外なんですが」
この方は元側妃で、子どもまでいるわけで。
そこは貴族の倣いで、気質とは異なると言われれば、それまでなんだけど。
ただビオラ様とはボク、10年近く仕事してるけど、そんなそぶりはなかったぞ?
「それは……答えるのが難しいわね」
「そうなんです?」
「ん……この場で言うのは、少し勇気がいるけど」
ビオラ様が、炎を見つめるスノーの横顔をそっと見てる。
妹が視線に気づいて、目を細める。
「聞かせて?ビオラ」
スノーに言われて、ビオラ様が頷き、息を整えている。
「フィリップ……皇帝に対し、情がないわけではないわ。
それこそきっと、最初は恋に落ちたのでしょうね?
でももう忘れてしまった。かといって、嫌なわけでもないわ」
「男性に対しては、普通に恋愛感情も沸くと」
「そうね。女性に対してそう思うことは、ないわ。
だからその……自分でも、よくわからないのよ。
こんな気持ちは、知らないの」
ビオラ様は、もうさっきから顔がずっとほんのり赤いまんまで。
スノーを見るときの目が、すごく潤んでて。
思春期の子でも、こうはならんのやなかろうか。
この人、酔っても顔色変わらないから、酒のせいではなさそうだな。
彼女の言うことはまぁ、わからんでもない。
ボクはなんでストックに惹かれるのか、今でははっきり認知がある。
でも最初はその理由が、さっぱりわからなかった。
この二人は先のやり取りを加味するならば。
そもそも、出会ってから数年程度しか経っていない。
整理できてないのは、無理なからんか。
「私もね。
自分の思い描いていた理想が、急に現実に出てきたような感じ」
「ほう。そう現実味がないように言われると、精霊絡みと考えたくなるけど」
「「違うわね」」
二人そろって否と言いよるか。
「姉上は魔力がないし、感覚的にわからないのだと思うけど。
精霊の強制力は結構強いのよ?
何か彼らの意思があるなら、強く介在してくる」
ああ、それはそうか。
精霊とは、我らが魂と同等の代物だ。
役に対し、抵抗できる存在。摂理を覆す命。
この二人を次期王家とする気ならば、最初からそのようにするだろう。
砂の精霊サンドマンの王は、かつて遠くからメリアをドーンへ呼び寄せている。
もし二人を精霊が引っ付ける気なのなら、そういう直接的な干渉になるのだろうな。
「そういや、メリアは精霊に呼ばれてドーンに行ったんだっけ。
必要なら、最初からそういう呼びかけをするか」
「そういうこと。私にはそんなの、なかったわ。ビオラは?」
「まったく。だからむしろ、精霊に祝福されたのは、少し不思議なくらい」
「そうね」
スノーのグラスから、ちょうど火が消えた。
次の投稿に続きます。




