12.聖域ドーン、ロイド邸にて。出港に備える。
――――兄弟との語らいって、こういうのでいいんだろうか?よくわかんねぇな。
ところ変わらず、ロイド邸のダイニングキッチン。
ボクは呆然としながら再び焜炉に火を入れ、油壷を温め始めた。
精霊による、王位の継承指名に立ち会うとはなぁ。
次の王と、その伴侶たる王妃が出会ったことで、条件を満たしたってことかな?
スノーとビオラ様の二人が、「精霊が認識可能な状態で」会ったのは、今が初めてだったんだな。
これまで――例えば前の時間では。
役を、名を失って、認識されない状態でしか会えなかった、と。
なんだかすごいことになっちゃったわけだが。
腹を空かせた上司がいるので、そのまま続きを揚げにかかる。
「姉上ぇ……」
何が不満だ妹よ。
いちゃいちゃしたいなら、人目につかないところにしなさい。
それより大事なことがあるじゃろうに。
精霊の依り代たるエングレイブ王国の王族が、民の腹ペコを看過してはいかん。
「気が済んだらエスコートして座んな。
その人、おなかすかせてるんだから。
メリア、良い感じのカクテルよろしく」
「心得た。お母さまにとびっきりのやつを作ってやろうか」
スノーは、おとなしくビオラ様の手を引いて、席に戻った。
「ストックー?お願いしていい?」
「ああ、せっかくだしな。
大っぴらにもできないが、この場でできる限りのことをしようか」
もう一つ調理台があるので、ストックがそちらに向かった。
少し夕飯にゃ早いが、おなかを埋めてもらいつつ、ちゃんと持て成そう。
ロイド家の夕食の方を、軽めにしてもらえばよか。
そのくらいの融通は効かせてくれる。
「ギンナも食べていきな。お疲れ様。
ベルねぇは手伝ってね」
「はいはい。えっと……生地追加する?」
「うん」
ベルねぇがさっと手を洗ってきて、戦列に加わる。
メリアがスノーとビオラ様の前に、カクテルグラスを二つ置いた。
仕事が早いな。
青い液体の表面に、黄色い層が浮いている。
小さな玉のようになった黄色い液体が徐々に底に落ちて、最後に緑になってくやつだ。
「ファイアスカイ、だったっけ?」
「そうだ。先ほど見た光景が、さすがに脳裏を離れなくてな。
一杯目は、これしかあるまい。
ああ、スノーのはアルコールは飛ばした」
二人が無言で盃を受け取って、少し、互いを見つめ合って。
グラスを重ね合う。
エイミーが視界の端で萌え悶えている。
声を我慢してるのは偉い。
「おめでとう、お母さま」
「あー……ありが、とう?メリア」
ビオラ様がとっても複雑そうだ。
まぁ娘の方が、業の深さでは先輩のようなものだ。
甘んじて祝福を受け取るがいい。
「おめでとう妹よ。いや、王太子殿下」
「気が早いわよ姉上。……ありがとう」
「しかしこう……なると。ダンたちはちょっと気の毒だね」
通常、この国の王位継承権は男児にのみ与えられる。
正しくは、女児は放棄させられるんだが。
貴族がそれぞれの王子の後見について政争し。
最終的に権利放棄せずに残った者の中から、精霊が次の王を選ぶ。
ただ非常に稀に、精霊側から先に王を選ぶこともあるとかないとか。
その現場に立ち会うことがあろうとはなぁ。
「そこはしょうがないわ。エングレイブの玉座とは、そういうものよ」
「だが10歳のお披露目前に王位が決まるのは、史上稀なことじゃなかったか?」
後ろからストックの声がした。
稀どころじゃないんだなぁ、これが。
「ストック。稀じゃなくて、無い。記録されてる7000年の王国史にはないよ。
記録が失われてるものがないわけじゃないから、その中にはあるかもね」
精霊側が継承争いと関係なく次代を指名するのは、稀にだがある。
だがいずれも、成人前後の話だ。
まだ公契約もしていない人間が、王太子となった例はない。
「姉上は、何でそれが当然のようにすらすら出てくるのよ……」
「ハイディですから、そこはしょうがありません。スノー様」
ボク、ちょっと無駄知識詰め込んどるからな。趣味で。
「普通にしていいわよ、ビオラ。ちょっとくすぐったいわ」
「はい。ではそのように」
ビオラ様は固さが抜けてないが、こりゃ半分魂が飛んでるだけだな。
グラス持ってる反対の手、机の下でつないでるみたいだし。
「ああ、エイミー。雑で申し訳ないんだけど紹介しとくね。
あちらはギンナ。ファイア大公令嬢。
こっちの手伝ってもらってるのはベル。ギンナの侍従。
二人とも、エイミーは魔境で知り合ってね。ちょっと連邦に連れてくことになった」
「へー。よろしくお願いします。エイミー様」
「あ、えっと。エイミーでいいわよ?」
「ダメです。王侯貴族オーラが出てらっしゃいます」
出てるのか。
…………どこに?
服がおろしたてなことくらいしか、なくない??
お肌とかは平民にしちゃ綺麗だが、豪商のとこの子ならあり得る範囲だ。
「あ、はい」
「ベルはそういうの、好きでやってるから。許してあげて。
よろしくエイミー」
「ええ。よろしくギンナ」
「ハイディ、何で私は紹介抜かれたの??」
上司殿がきょとんとしている。
ボクは馬に蹴られる趣味はない。
「邪魔しちゃ悪いと思って」
「いや、邪魔なんて」
「違うと言うなら、そろそろ手をすりすりし合うのは止めたら?」
そこで手を離すなし。ういやつらめ。
次の投稿に続きます。
#本話は計8回(16000字↑)の投稿です。




