11.聖域ドーンにて、舟を待つ。
――――感動的だな。だがそれ、キッチンでやることか?
妹との対面を終えて。
三人、応接を辞して廊下を歩く。
エルピスはまだつかえねぇらしい。
数日前、ミスティたちが南東の洋上で確認したらしいから、いずれ来るはずではあるが。
ちょっと到着早めだったかしら。
トラブルがあって早めについたなら上々か?
さて、何して過ごしたものか。
次の航行の物資手配は、さすがにロイド家にお任せである。
エルピスは、モンストン侯爵家所属の舟だからね。最終帰属は王国だが。
となると、エイミーのクルマの点検くらいかなぁ。
本人のガス欠だけだから、二日もあれば乗れるはずだけど。
ビリオンと一緒に、ささっとやっちまおう。
エイミーと言えば。
「急いでるところ、ちょっと時間食いそうで悪いね」
「いいのよ。普通に行くと山越えだもの。
海から行けるなら、その方がずっと早い。
お世話になるわ」
この王国西方魔境から連邦に抜ける場合、間に山脈がある。
シャドウがあるところのような渓谷はないので、山越えだ。
南西部のあたりが比較的標高が低いので、連邦南部に行くならそのルートになる。
海洋にいったん出る場合はこういった障害はないので、海の方が早くつく。
昔から、王国と連邦の行き来といえば、魔導船での海洋航行が主だ。
陸路で行けるようになったのは、ドーンが魔境航行するようになった、ここ数年である。
「ん。だが、ただお待ちいただくのも心苦しい。
歓待というほどでもないが、おやつでもどうかね?」
夕飯とかは、ロイド家で出すだろうからね。
「まぁ。王国の料理人のおやつとなれば、期待していいのかしら?」
ストックと顔を見合わせ、肩を竦める。
「そう大したものじゃないよ。
揚げドーナッツは好きかね?」
「揚げ「素晴らしい!」
何か割り込んできた。
振り返るとミスティと……その後ろにメリアがいる。
二人とも、楽な恰好に着替えている。
おっとそうだ。
我々も、ちょっとそこは先に着替えさせていただかねば。
平服だが、貴族の装いのまま揚げるのはいかん。
「ハイディのドーナッツ、おいしいんですよ!
ぜひご随伴にあずからせていただきたい!」
ミスティ……君はほんと、甘いものに目がないな。
「ハイディが作るの?」
エイミーはこの圧に全く動じないね……?
むしろちょっと君も前のめりな当たり、飢えてる??
「うん。キッチン借りて。
夕飯までは時間あるし、おなかすいたでしょ?」
エイミーは、そっとおなかを撫でている。
車内ではそれなりに果物やら甘いものを出していたが、かなり食べていた。
たぶん、かなりの健啖家だ。まだ入るだろう。
「ごちそうになります……」
素直で大変結構。
「ミスティとメリアも一緒に食べようか。
余らせてもいかんしね。
しかし料理ならメリアの方がうまかろ?
普段作ってあげたりせんの?おやつ」
「作りはするとも。ただ菓子は、ハイディには敵わんな」
「ハイディ、目分量でざざーっとやるじゃないですか。
あのお袋の勘、みたいのがいいんじゃないですか?」
「誰がおふくろじゃミスティ。
ボクはそもそも、自前でμgまでは正しく計れるぞ?」
「まいくろ」「ぐらむ」
「菓子は計量が命だしね」
なんか引かれてる。
脳の魔素を操れるってのは、こういうことやぞ?
人間の感覚ってのは、存外鋭いんだ。
「ハイディ。料理本の『少々』とかはどうしてるんだ?」
「そういうのはmg単位くらいで、調整しながら何度も作って、最適を記憶してる。
まぁボクの脳内を占めてるほとんどは、君好みの味ってやつだがな?ストック」
「通りでいつもうまいわけだ」
なんかエイミーが後ろで小さく、キャーとか言ってる。
なお、単純に料理の腕ではメリア、それからストックには敵わない。
彼女たちの方が、ずっとおいしいものを作る。
ボクのは、手慰みみたいなもんだな。あっちはプロだ。
「ではとりあえずキッチンを借りようか。
ああその前に。二人とも、こちらがエイミー。
ラスト皇女じゃないので。
エイミー、ボクの友達のミスティとメリアだ。
カレン皇女はもういないので、メリアと呼んであげて」
「エイミーよ。よろしく」
「ミスティです」
「メリアだ。メリア・ロイドだな」
「ん?ということは、あなたはストック・ロイドなの?」
「そこはややこしくてな。すまん。リィンジア・ロイドなんだ。
メリアはカレンという名のまま、当家に養子に入るわけにはいかなかったから、名も変えてる」
「なるほど」
しかしこう、ハイソな集まりだな。
一番低い身分で侯爵令嬢とは。
ああいやいや。一番低いのは孤児の平民だ。
貴族教育受けてないボクが、王侯貴族を名乗ってはいかんな。
自重自重。
次の投稿に続きます。
#本話は計5回(10000字↑)の投稿です。




