3-3.同。~大公家に滞在。夜、君と二人~
~~~~ボクを助けたくてここにいたとか、前のめりだな君。
お休みの段になって。
なぜか侯爵令嬢と同じ客間にぶち込まれた。
なぜだ。常識はどこに行った。
探してもなさそうなので、仕方なくとっとと寝巻に着替えてベッドに入った。
…………四歳児の体には十分でかいけど、一つしかないのはなんでだね。
ストックはまだ髪を乾かしたり、整えたりしている。
長いと大変だな。今のボクは、肩にも届かない。楽でいい。
「どうした。さっきから納得いかない顔をして」
布団から顔を出してるボクを、ストックが見てる。
…………確かに、納得はいかない。
けど、今顔に出ているボクの気持ちは、もっとふわふわしたものだ。
正直、嬉しいんだけど……落ち着かない。
会えるならもっと先だと思っていたし。
会えたとしても、それは「ストック」じゃなかったはずだ。
今この時が、あの山頂の続きのような気がして。
この気持ちは、何といえばいいんだろうな。
掛け布団にため息を隠して、応える。
「今のボクはよくて平民。普通に孤児の扱いだろ。
なぜ侯爵令嬢と一緒の部屋に入れられたんだ」
「高貴な身分を名乗っても、問題なさそうだったぞ?
……美しい礼だった」
「……誰のせいだと思ってるんだよ」
「お前が素直ないい子だったからだろ、ハイディ」
相変わらず、絡めとるような言い回しをしよる。
ちなみに、こういうやりとりおよび、ボクらの距離感は前からだ。
学園の頃は、そりゃあストックは女公爵だったから、お互い口調はもっと丁寧だったが。
一緒に勉強したり研究したり丸羽鳥追っかけたり、酒飲んだり、結構仲はよかった。
最初は礼儀がなってない平民め、ってめっちゃ怒られたけどね。
丁寧なご指導もついでにいただいて、助かったものだ。
『ラリーアラウンドのストック』と王都で衝突して、止めてから。
数日だが、一緒にいたことがあって。
今のノリは、その頃を思い出す。
たぶんストックは、ボクの一番の仲良しさんだ。
あの後、彼女を見送って別れたことを、ボクは正直後悔している。
船を降りた後、迷惑を顧みずに彼女の元を訪れなかったことも。
ほんと、遠回りしてばかりだ。
「いい子は辞めたから、その答えでは納得しない」
確かに素直に聞いたけどさ。君の教え方がうまかったんだよ。
しかし、ほんとに使用人すらいないのはなんでだね。この子は侯爵令嬢だったはずやで?
あれか。あれだな。ボクにやれってことか。そうだろ。
よーしやってやる。
ベッドから這い出て、背の低い椅子に座ってるストックの横に回る。
彼女が持ってるタオルの端を手に取って、後ろ髪を少し上げて柔らかく撫でた。
この辺拭くの苦手なの、前もそうだったっけ。さっきお風呂で、使用人の方にやってもらえばよかったろうに。
…………背もたれがないからって、ボクにもたれかかんなし。
髪拭くのには支障ないから、別にいいけど。
布で静かに、髪の水気を吸っていく。
しばらくそうしていると、鏡台の鏡の向こうの彼女と、目が合った。
「なんで戻ってきた、ハイディ」
……迷い、惑い、でも聞かずにはおれない。そんな表情をしているように、見える。
嬉しいような、不安なような。遠くを見ている、ような。
とても複雑で――君はなんでそんな情緒になってるんだね。
「……ストックに死なれたショックで」
吹きやがった。なんでや。
……ボクは正直に答えたぞ。
髪、わしわししてやろうかしら。
…………。
すごい晴れやかなお顔になったから、許してやるか。
お返しして、失礼は忘れてやろう。
「君こそ、なんで戻ってきた」
「せめて唇でも奪ってやろうと思っていたのに、その前に石になられた。
未練のあまり、気づいたら赤子に戻っていた」
今度はボクが吹いた。
なんてこと言うんだこいつは。
……なんでもっと早く言わなかったんだよ。
今じゃ遅いし、早すぎるだろ。
気を取り直して、髪を拭きながら応える。
「そんなセリフは、せめてあと10年くらいしてから言え。
ボクらまだ4歳やぞ」
「10年したら聞いてくれるんだな?」
「今のままだと聞くだけになるよ?」
ストックが少し驚いた顔をして、穏やかに笑った。
「手強い女だ」
「何言ってんた。君、別にそんな手練れちゃうでしょ。
女貴族やってるのに、伴侶も婚約者もいなかったし。
むしろ組織でも学園でも、友達すらいないぼっちだったろう」
ストックはめっちゃ美人だし人当たりも良い方だ。
だが異性には引かれていたし、同性には遠巻きにされていた。
ラリーアラウンドのことを知ったからわかるが、この子は学生にしては成熟しすぎてたんだよね。
当然、学園で周りと合うわけがない。
なお組織からは崇拝気味の扱いを受けていたので、別の理由でぼっちだったらしい。前に本人が言ってた。
帝国貴族として、縁談を組むという状況でもなかったろうし。
この状態で恋愛経験があったら、びっくりである。
案の定、むぐぐってなってる。ういやつめ。
「んぐ。……では手弱い私に、何が要るのか教えておくれ。
ほしいものがあるのなら、必ず贈ろう」
「そんなもの、ないよ」
その銀色の髪を、右手でそっと撫でる。
「ボクがほしいものなんて……もう、ここにぜんぶある」
「……手強い女だ。とても敵わない」
タオルで髪の付け根をくしくしして、湿り具合を確認してから……身を離す。
…………上がった心拍を聞かれそうなので、ここまでにしとこう。
「それはそれとして、ボクは別に女の人を好きになるわけじゃないし。
10年後にそのまま突っ込んできたら、はっ倒すからね?ストック」
呆気にとられる彼女をほっといて、さっさとベッドに入りなおす。
「…………男になるのは、さすがに難しいと思うのだが」
その気に仕方はどうなのさ。
というかそんな弱った顔すんなし。
「……うーん、そういう話じゃなくてね。
ほら、おいでストック」
奥の方に寝転がり、彼女側の掛け布団をめくってやる。
ストックは髪の湿り気を確かめてタオルを置いてから、立ち上がって、迷いながらベッドにやってきた。
入ったところで、布団をかけてあげて…………そこまで近づいていいとは、言ってない。
しょうがないやつめ。
……赤子に戻ったって、言ってたもんな。
次投稿をもって、本話は完了です。




