8-5.同。~災いの箱よ、開け!~
~~~~呪文の力は使えない。だが……三年も時間があったんだ。見せてやるよ。
バックミラーに、ちらちらと紫の巨体が映る。
そういやこいつ、鬼のような角があるんだよな。
特に意味や能力はないらしい。よくわからん造形だ。
挑発するようにたびたびアクセルを吹かし、距離を保つ。
追われていた神器車とは……多少距離がとれたな。
こちらに蛇が間合いを詰めて来たタイミングで、再びロケットスタート。
距離が離れ切ったところで、準備に手を付けた。
胸元のロザリオの淵で、右手親指の腹を、切る。
少し座席を前に出し、奥のキーボックスに鮮血を押し付けた。
「『災厄よ、来たれ』!!」
サンライトビリオンの追加装甲が細かく分裂、展開。
呪いを生み出す、禁忌の箱が――開きだす。
外殻の魔力流に干渉。
ボクの魔力流制御により、無数の神器が中空に散り、車体を真球状の魔力流で囲む。
その内が、魔の力で充実していく。
━━━━『天の、星よ。』
ふふ。テンションが上がってしまう。
これは呪文ではない。魔導……魔術の詠唱。
濃密な魔力流を生み出す機構の生産する、余剰魔力をもって魔導を成立させる。
えっへっへ。魔力なしのボクが、魔導を使えるなんてな!
人類の技術は素晴らしいね!
━━━━『一二三四五六七八九十。布留部、由良部、祓い給え!!』
ダリアと開発した、呪い化の魔導。これが呪装火砲の本体だ。
呪いそのものを作ることはできなかったが、魔導を呪いにする効果がある。
車体の魔力流が、赤く染まる。
この赤い光を通った魔導は呪縛を受け、呪いの力となる。
「いいぞストック!やれ!」
タイミングもほぼばっちりだ!
ナーガがこちらに突っ込みつつ、口を開けた。
ストックがブローチの淵で左手の親指を切り――その手を扉のコンソールに押し付ける。
魔結晶ができたところの周辺の血は、神器への命令伝導を飛躍的に押し上げる。
火が炎になるほどに、爆発的に。
「燃え尽きろ!オーバードライブ!『再生の炎』!!」
祈りの力が反転し、呪いの力になっていく。
二つは表裏一体。祈りは、呪いに裏返る。
サンライトビリオンが、まさに火の鳥と化す。
不思議と車内は熱くない。
そして鳥が魔力流に触れて巨大化――魔導拡大が起きたのだ――し、飛び立つ。
「こっ、自動で拡大もするのか!?滅茶苦茶だろう!!」
ストックが悲鳴のような感想を上げる。
でも実は、これでも最大出力ではない。
機能が一つ使えてないんだよなー。術者があと一人は要るんだよ。
火の鳥が後方に放たれる。
そのまま見事に、ナーガの口腔に飲み込まれていった。
一気に尾まで駆け抜けたのか――その鱗を突き破って、無数の爆発が巻き起こる。
魔物は、大型になればなるほど魔導が効かない。
だが、やつらも用いる力である、呪いは通じる。ボクらの呪法や呪文が有効打だ。
その着想を用いて――魔導を出力そのままに、呪いに反転させたのが、この呪装火砲。
使用する攻撃魔導とは別に、戦術魔術並みの起動制御が必要な、補助魔導を使わなければならない。
その点は欠点だが、二人以上の魔導の使い手が介在すればこのように……大型の魔物でも退治できる。
轟音が鳴り響き。
蛇の巨大な躯が出来上がった。
ゆるやかにブレーキを踏んで、クルマを止める。
さて。向こうのクルマは……あれ?
「さっきのクルマ、どこ行った?」
「ハイディ、あっちだ」
ストックが指さした方に……神器車が止まっている。
なんで?
「なんだろうな。故障か?」
…………あ。
あることに気づき、嫌な予感が全身を駆け抜けた。
急にクルマが止まるのは、危険信号だ!
「ストック、運転頼む!あのクルマに寄せて!」
言ってボクはクルマから飛び出し、袖を口に含んだ。
雷獣を起動し、駆け抜ける。
その神器車の赤いボディカラーは、徐々に消え始めていた。
最大速で辿り着き、急いで運転席のドアに手を掛ける。
ロックが外れてますように!
……よし、開いた!
中の人――女性は、ぐったりしている。
緊急退避の機構が働いたんだな。ベルトも外れてる。
彼女の背中側から、両脇に手を差し入れて連れ出す。
彼女の全身を引きずり出し、少し下がったところで。
……クルマはただの石に戻った。
「大丈夫かハイディ。その人は?」
ビリオンが到着、ストックが降りて来た。
「まずい。結晶出力の使いすぎだ。
ビリオンに救命道具を積んでただろう、出してくれ」
「ガス欠か。わかった」
神器車は、人間の結晶の中のエネルギーを使って動く。
使いすぎるとクルマは動かなくなるばかりか、石に戻ってしまう。
人間の方は、だいたい気絶する。
先に石に戻られると、外からの救助手段がなくなる場合がある。
危なかった。
とりあえずビリオンの背面扉を開けてもらって、そこから女性を車内に入れる。
人を横たえられるくらいの、スペースを作ってある。
短い旅だと思って、あんま荷物詰め込まなくてよかった。
魔境でこんな事態に出くわすなんて、何年ぶりだろうか。前の時間以来かな。
ここは魔物がほとんどいない王国西方魔境だからな……ありがたい。
他のところじゃ、救命行為どころか、クルマの外に出ることすら命がけだ。
ストックが救命道具を持って、車内最後部に来た。
呼吸器って言えばイメージ伝わるかね?
圧を送り込むんじゃなくて、弱い治癒魔導で継続活性させるんだけど。
ガス欠は根本的な治療手段がないんだ。魔素の欠乏とかと同じ。
体に深刻なダメージが出ないように、生命維持して本人の回復を待つほかない。
救命道具でなんとか意識まで戻れば、あとは時間が解決してくれる。
「ごめん、任せるよ。クルマ自体を稼働するから。
ユリシーズに戻った方がいいかは、ちょっと悩むところかな」
「そうだな」
運転席に戻り、扉を閉める。
背面の扉も閉めてロックした。
あとは休憩しつつ……しばし待つか。
次投稿をもって、本話は完了です。




