8.イスターン連邦を目指して。シャドウより西へ、旅立ち。新たな出会い。
――――あー。わかってたよ。二人旅に出れば、こうなるって。
結局、以降数日、シャドウでは何も起きなかった。
いや起きてたんだけど、未然に防がれてるのがわかった。
水路の一つから、ヒーターゲーターという魔物が出ようとしていた。
その遺骸が、大量に討ち捨てられていたのが見つかっている。
…………あいつそういえば、引くほど魔物の生態に詳しかったな。
街の誰も気づかなかった魔物の接近を、どうやって知ったんだか。
カール……クラソー?自身は行方が分かっていない。
少なくとも、もうシャドウにはいないようだった。
入国してるなら精霊の力で追っかけられそうなものなんだがな……。
捕まった結晶兵たちの取り調べ状況とかは、さすがに聞いていない。
その辺は、大人の仕事だしな。頑張っていただきたい。
というわけでシャドウは落ち着いたので、静養も済んだし、ボクらも出ることになった。
エルピスはのんびり旅のはずだが、さすがに遅れては恰好つかん。
サンライトビリオンに物資を多めに積み込んで、シャドウの西から渓谷へ。
そしてユリシーズの脇を通り……魔境に出た。
西方魔境に出てくるのは、しばらくぶりだ。
この三年、連邦に何度か行ったりしているから、よくわたってはいるんだけどね。
岩場が続く荒れ地。ただ魔物を見ることは少なくなった。
魔境の主である邪魔が倒されているし、ドーンが掃除してるからなぁ。
もちろん、各所のダンジョンは放置されているから、魔物自体は出てくるんだけど。
そのうちユリシーズに十分な人員が配置されたら、その掃討も始まるだろう。
一つ一つダンジョンの間引きを進め、魔物の生息域を減らしていく。
聖域がドーン一つだと難しいが、ユリシーズも運用できていれば、それも叶うんじゃないかな。
ユリシーズの影からも出て、ひたすら見栄えのしない岩場が続く。
ストックはいつも通り窓枠に肘をついてるけど、何を見てるんだろう?
いつもは外を見る振りをして、ボクの方を眺めてるのに。
…………あ。
「何だ。今年のは気に入ったか?」
「ぐ。ばれたか。だが聞いてたのは今年のじゃない」
ちょっと風にのって、人の声みたいな響きがしたんだよね。
内容が聞こえるわけはないんだけど……彼女が録音の魔道具を再生していたようだ。
でも。
「今してるそいつは、こないだあげたやつじゃないか」
「ん?ほれ」
ストックが袖をまくると、もう二つ青い腕輪が。
……三つともつけていたとは、恐れ入った。
「一つが短いからな。こうして一つずつ流している」
なんと。
「つなげて聞いたり、繰り返し聞いたりはできないものか?」
とんだところから要求が出てきたな。
「データは保存されてるし、抽出は可能だ。
それでつなげたりはできるが……繰り返しは再生機構を変えればいけるな。
魔力を食うから、一回で終わるようにしたんだよ」
「切り替えとかは」
「スイッチが増えるなぁ。次の時の前に、試作してみるか。
他になんかある?」
「いや、特には。
……ずっと囁いてほしくなる、くらいだな」
「そういうのは当分我慢するよろし」
「ん……わかった」
素直に聞くとは、いい子じゃないかストック。
でもそんなにヘビーローテされてるとは。
こう、むず痒いな?
まぁ君の耳元を独占できるのは、悪くない。
「なぁハイディ」
「何さ。何か言いづらいこと?」
ストックはまだ、荒野の方を向いたままだ。
「……ああ。もう少し先になったら、白状しようと思ったんだがな」
「もったいつけるね。ひょっとして、余ったプディングを食べたことか?」
「え、いや……なんでばれてる」
「いいんだよ。余分に作っただけで、ボクのじゃないんだから。
あーんして三分の一くらい食べさせてもらったんだから、文句なんて言わないよ」
そもそもばれるも何も、他の人が食えるとこに置くわけないんだが。
「あ、うん……それではなくてな」
「ボクが読書用に用意した揚げドーナッツは、おいしかったか?」
「ああおいし……なぜばれている」
「揚げた数くらいは確認してるさ。小麦たけーし」
あと、君が食べると思ってそもそも余分に揚げた。
そしてわかりやすいところに置いた。
「それはすまない……」
「いや、庶民の生活なら高級品だが、ボクらの生活だとそうではなかろ?
そこはいいんだよ。ただ量が手に入らなくてなぁ」
王国では、麦の生産があまりされてない。
だからエールなんかも、酒の中では高い方だ。
庶民なら果実酒を飲む。水よりずっと安いくらいだ。
麦が育たないわけではない。単に他が優先されているだけらしい。
あと、連邦との兼ね合いもあるんじゃないかな?
王国が穀物を作って売り始めたら、どう考えても商戦になる。
連邦は様々な穀物を売って、儲けてる国だからね。
「連邦ではもちょっと盛大にやって食べようか。
あっちは穀物のパラダイスだからね」
「ああそうだな。楽しみだ。
……ではなくてなハイディ」
「なにさ」
お、ようやくこっち向いた。
ボクはまだ5,6個おちょくれそうだから、別によかったんだけどね?
でもそんなことより、君の瞳にボクが映ってることのほうが、大事だ。
拝聴しようじゃないか。
「聖域を作った」
思わずブレーキを踏んで……緩く速度を落とし、クルマを止めた。
そしてストックをじっと見つめる。
「その……なんでそんな目をしてるんだ」
次の投稿に続きます。
#本話は計6回(12000字↑)の投稿です。




