7.シャドウの街、ロイド邸。激突。
――――初恋は甘酸っぱいとは聞くが、ボクは酸味なら辛みに合わせる方が好みだ。
もう、だいぶ凸凹になってしまったロイド邸の庭で。
黒い人型の結晶と、打ち合いが、続く。
互いに緩急をつけ、要所を狙い、人の目が捉え難い打突を繰り出す。
くそっ。
解析力ならボクの方が上みたいだ。データ量の違いだろうか。
攻防の読みあいなら、こちらが勝っている。
単純な速度もだ。雷光にはさすがに並んで来ない。
だが固い。とにかくこいつの結晶が固い。
ボクらの呪文の獣についてるものなら、引っぺがせるくらいの打ち込みをしても。
まったくびくともしない。密度が違うのかもしれない。
結晶自体には、雷光も通りそうにない。決定打が、ない。
「ぐっ」
奴の拳が、左肩に当たった。間合いをとる。
読み切っていても、不意に当てられる。
ただの勘だな、これ。才能あるやつはこれだからよう。
だがこっちだってやられっぱなしじゃない。
その自慢の鎧、メリアの体ほど頑丈ではないな?
『む……砕かれたか』
攻撃の瞬間に行った返しで、やっと右手首のところを壊せた。
何十回打ち込んだかわからん。
『だがそちらの拳も、それではもう持たんな?』
「馬鹿を言うなよ。掠り傷だ」
もちろんやせ我慢だ。
右拳は皮も破れ、一部肉も抉れたようになっててひっじょうに痛い。
痛みには慣れてるけど、痛いもんは痛い。
さすがにちょっと武器がほしい。
まぁ、向こうの点きはこちらには効かない。練度が違う。
その点だけは助かっているか。
ストックが相手だったら、もう制圧されているだろう。
さて、予定の工程は終わった。
あとは……
『では次だ』
は?
『魔 導 引 鉄 』
まとった結晶から、さらにオーバードライブした!?
奴の左手の中に、鉄骨のような、剣のような武骨な何かが現れた。
神器の、生成……まさか、ボクと、同じ?
『ガン・リロード』
鉄骨っていうか、あれ銃とやらの弾倉みたいなもんか!
都合六発の弾丸らしきものが大きな音を立てて収まり、シャッターのように装甲が閉まる。
銃はこの世界には、ない。どこから得た発想だ?
奴の手元の柄にはスイッチ……引鉄のようなものが。
原理は不明だが、まさか超過駆動を連発するのか!?
それはまずい!
━━━━『呪文。』
対抗のため、呪文を唱える。
が、宿業が――練りあがらない。赤い光が、出ない?
え、ベルねぇのもダメ?ギンナは?
……ダメだ。
ダリア、マリー、ミスティ……メリア、も。
呪法起動以上の呪いの力が、出ない。
奴が剣?を担ぐ。その指が、引き金にかかる。
ええい、ままよ!
脳内の魔素を全活性!
『そんな顔しないの。行くわよ、ハイディ』
不意に心の中に響いた声に、涙が出そうになる。
業などなくとも、ここに絆があるのなら!
『アクセル――』
引鉄が引かれ、爆音がする。
「――――行こう、ギンナ!」
ボクのリボンの先の髪が、細くどこまでも伸びる。
『ファイア』「『日輪 の ように!!』」
両者、身が霞む。
刹那、激突。
目にもとまらぬ、応酬。
砕け散る結晶。
そしてボクは、片膝を突いた。
「ぐぅぅぅッ」
「ハイディ!?」
遅れてやってきた痛みで、脳がかきむしられているかのようだ。
骨が何か所か、砕けている。神経が、きしむ。強く吐き気がする。
動けなくなりそうなところ、致命の箇所は避けたが、拳を振るうのは無理だ。
『恐るべき技だ。見事だな。だが……』
結晶のかなりの部分は砕いた。左目の周辺や、右肩、右手辺りは露出している。
しかしわかってねーな?カール。
王手をかけたのは、こっちだ。髪の先は――――
「動くな!」
カールの体が、不可視の何かに縛られた。
あ、いつの間にか屋敷から国防の人が出て来てる!
今の、魔法か。シルフかな。
安堵しかかったが……震える指で引鉄を引こうとする奴を、見た瞬間。
勘が、働いた。
折れた骨の箇所は避け、痛みを遮断し、体を動かす。
猛然と駆け抜け、ストックを抱え、屋敷の玄関口へ。
彼女を置いて、国防の人らとカールの間に立ち……急いで套路を踏む。
間に合え!そして出てくれ!
二から八へ雷獣套路を踏む。
痛むし動かないとこあるけど、やり切るしかない!
最中、都合五度、爆音がした。
四肢を踏ん張り、尾てい骨から口元までが、直線になるように構える。
『アクセル――』
━━━━『呪文、荷電粒子砲』
満ち満ちた雷が、口腔前に集まっていく。
カールの周りにも、結晶と宿業が渦巻いている。
『バースト』
━━━━『発射!!』
雷が赤くなり――フッと消える。
奴の振るった膨大なエネルギーと、無音無光の獣の矢が激突した。
恐ろしい力の圧が吹き荒れる。
誰かが、あるいはみんなが叫んでいる。
音と光があふれて――――
ゆっくりと、それが収まっていく。
舞い上がった土埃が晴れ。
目が、慣れてきて。
目の前にいたカールは、いなくなっていた。
奴がいたあたりは、地面が深く融解し、抉れている。
…………消し飛ばしたわけじゃない。
右手を使えなくし、さらにそこに髪を一本結び付け、技を放つ瞬間に電撃を流した。
そうしてこちらに直撃しないように調整した上で、狙ってその一撃にボクの矢をぶつけたわけで。
向こうも、結晶が吹き飛んだくらいで、無事は無事だろう。
でないと困る。ボクの将来が水の泡だ。
「逃げられた。あるいは……助かった、というべきかな」
この至近距離でこんなエネルギーがぶつかり合って、よくこっちも無事だったな……。
後ろを見ると、国防の方が二人。そしてストック。
「みなさん、ケガがなくて何よりです。
屋敷も無事ですね」
「ハイディ!」
ストックに肩を掴まれた。
泣きそうな、顔で。
肩よりも……胸が痛む。
「っ。ごめんストック。肩は今、痛い」
「ぁ、すまない……」
右肩からストックの手が離れる。
左はぎりぎり上がるので、そっと彼女の髪を撫でる。
そして国防職員……男女の二名を見る。
「すみません、さすがに痛むので、可能なら治療の手配をお願いできますか?
お話はその後にでも」
「は、はい!あ、治療はこちらで引き受けます。
トールズは報せを」
「分かりました、周囲捜索を手配し、応援も呼んできます!」
若い男の人の職員の方が、走っていった。
門のところでこちらを振り返り、一礼。
……律儀な方だ。
「改めまして。国防省所属、エール・パールです。
リィンジア嬢、ウィスタリア嬢の治療をしますので、お部屋を貸していただいても?」
おっと名前覚えられてる。
そういや顔見たことある人だな?
「ああ、はい。すぐに――――部屋を一つ用意してくれ。ケガの治療を行う」
「かしこまりました」
玄関扉からこちらを伺っていた侍従の方に、ストックが指示を出した。
エール様に先導され、屋敷に入る。
背に添えられたストックの手が、優しい。
――――私が弱いばっかりに。
……その呟き、聞こえてないと思ってるんだろうから、聞かないことにしておくけどさ。
己の未熟で君を悩ませるなんて、ボクも自分が未熟で嫌になるね。
でもストック。
あいつと何があったかは、聞かせてもらうからな?
むしろボクは、さっきからそっちで気分が落ち着かないんだよねぇ。
次の投稿に続きます。
#ここまでで区切りがいいので、残りは昼間に投下します。




