6-2.同。~新型船は陸戦ではない。水上も往く~
~~~~神器船の常識は、エルピスによってかなり破壊された。ちょっと痛快。
音声を切り、ハンドルを握りなおす。
カワさんたちが、手を振っているのが見えた。
応えるように、アクセルを少し踏み込む。
感覚的に――巨体がほんの少しずつ進んでいくのが、わかる。
南に向けて方向転換しつつ、工場を出る。
太陽の位置が少し下がっているようで、外の明るさは午後遅い時間を思わせた。
工場は河川港のすぐそばだ。
魔導船を進水させることもあるので、このまま河に着水できる。
『当船はこれより、ブルームーン河を行き、そのままブルーパールに入って海まで出ます。
南方海洋をまわり、西方魔境南西隅に停泊中の聖域ドーンを目指す予定です』
ストックがアナウンスしてくれている。
ユリシーズ側に戻って魔境を行くのではなく、海を行く。
「まてまてまてまて!!神器船が水上を行けるとは聞いたことがないぞ!!」
結構遠くから、怒声のようなダン王子の突っ込みが飛んできた。
そんなこと申されましてもなぁ?
「そこもこの舟の特徴ですよ王子ー。
鉄を使ってないので軽くて、魔力流がなくても浮きます」
こっちも声を大きくして答える。届いた……ぽいかな?
真後ろのかなり遠いとこに座ったようだ。なんでストック、そんなとこに座席出したし。
地味な嫌がらせかなんかか??
まぁ浮くっつってもほんとに浮くだけだし、横回転しちゃったり大変なことになるけどね。
魔力流を出してれば別。
なお通常の神器車や神器船の場合、推進力が進行方向寄りに集中してるので、水上を走ることはギリできる。
航行はやめたほうがいいと思う。速度を出しっぱなしにしてないと、直に沈む。重いし。
一応、水陸両用を謡った神器船はすでにある。そりゃ船はあるからね。それを神器構造で作っただけだ。
ただ魔物が出ない海を神器船で行く意味がないので、需要はなかったらしい。
あと、先の通りの魔力流の性質の関係で、めっちゃ揺れる。普通の船以上に揺れる。それが不評だったとか。
ボクは別に大丈夫だったけどなぁ。
もちろんエルピスは、その点はクリア済みだ。
着水し、船体が揺れる。
……すぐに収まった。よし。
シャドウの街そばを流れるブルームーン河。
パールの街のブルーパール河と同じで、川幅がめっちゃ広い。
これならビオラ様はもちろん、ギンナでも操舵は大丈夫そうだ。
他にも船がいるので、ゆっくりと下ることになる。
水上で追い抜き等は厳禁だ。事故にしかならねぇ。
さて、このまま港から出してしまおう。
「そういえばハイディ。今更だが、船の操舵経験もあるのか?」
ストックが操舵室に置いておいた紙束を手に取りながら、声をかけてきた。
「あるよ。普通の船じゃなくって、水陸両用の小型神器船。
何を思ったのか、クレッセントが一隻だけ所蔵してた。
ビオラ様、あれなんで持ってたんでしたっけー?」
右後ろのほうにちょっと見えるビオラ様に呼び掛ける。
「魔境航行スケジュールが合わないときの、急行用。
大して使われてなかったけど」
あいっけね、これ、部外者がいるここで出してはいかん話題では……。
…………ビオラ様が答えたってことは、まずくないのか?
コーカス様は、ボクら呪いの子のことは知ってる。だから大丈夫。
王子たちは……そういやちょっとおかしかったな。
特に「ボクとストックを戦力として当てにしている」節があるあたりだ。
こっちが呪いの子だということを、知らないフリをして会話してた感じか?
けどあの時は、その期待が口から出たと。
ということは……王子たち、少なくともダン王子は、ボクらの事情をある程度知っている。
そしてビオラ様は、事情を知られていることを知っている。
……彼らの周辺で言えば、国王陛下、王妃殿下は知っててもおかしくない。
コーカス様、宰相閣下が知っているからだ。
三年前の話だが、ボクの結晶及びビリオンのことは伝わっているわけで。
となると、事情がお二人に伝わっている可能性は高いと見るべきだろう。
だが息子の王子たちはまだ八歳以下。知る必要のある話じゃない。
国王陛下らを始め、わざわざ王子たちに教えたりする人はいないと思う。
だとすれば、もし王子たちがボクらのことを知っているなら。
その情報の出所は、大人じゃない。
まさか。
…………ドーンにつけば会える。機会があれば聞いてみるか。
とりあえず、話は声を少し落として続けよう。
「そりゃ神職が全然いないんだから、当たり前でしょう。
というか、ボクくらいしか使わなかったんじゃ?」
ボクは前の時間でも、小型神器船なら動かせた。中型は無理だったけど。
結晶をごりごり体に移植されたからね……。
「じゃないの?私が死んだ後のことは知らないけど」
もろのお答えが来た。
話しても大丈夫、ってことだな。
じゃあ続けるか。
「いえ、その後はボクしか使ってませんよ。
あんな金食い虫だったのに……もったいない」
「売ればよかったのに」
「水陸両用は需要がなくて、買い手がつきませんでした。
仕方ないから自分で使うようにしたんです」
「そうだったんだ。なんで?」
「揺れるから。普通の船以上に」
「ハイディ?それ、私も乗ったことあるやつよね?」
ギンナの声が左後ろくらいから聞こえる。見えないけど、近くだな。
そういやギンナは乗せたことがあったな。
ほかは……そうそう。マリーがいたか。今は忘れちゃってるけど。
「そうだよ」
「全然揺れなかったわよ?」
「ボクが操舵してるんだから、当たり前でしょう」
「あー……今もそうなの?」
「んにゃ?エルピスは最初から、揺れ防止のための魔力流走行機構を備えてる。
そもそも高速で走らないから、むしろこっちの方が燃費いいんだよね」
「へぇ~」
普通の神器車で同じことをすると、まぁさすがに燃料は食うんだけど。
魔力流のベクトルを数パターン用意しておくくらいなら、別にわけはない。
当然、その魔力流ベクトルで燃費が変わることは普通ないわけだが。
水上を水平に近い方向で走るより、浮かせながら走った方が結果的にかかる力が小さい、らしい。
これはダリアが演算してくれたものなので、ボクはその式は知らないけど。
なお、「普通の神器車」にこういう機構が備わってないのは単純。需要がないからだ。
水上は行かないし、魔力流に乗って聖域を上下するのも、あまりあることではない。
聖域で使う公用車向けには、あった方がいいとは思うんだけどねぇ。
さて、それはともかく。
「ストック、どう?」
「ああ。エルピス向けの試験項目は、だいたいよさそうだ。
あとは耐久面を除けば、陸路と戦闘時のが主だな」
ストックが持ち込んでチェックしてるのは、試験項目書である。
当然、カワーク社では試験されている。こちらも立ち会っている。
納入されてからの運用試験ということだ。
ボクとストックが、出港だけ関わるのはこれのためというのもある。
水上に出てしまえば、あとは他船と事故らなければ大丈夫だ。
ブルームーン河からブルーパール河への合流地点くらいかな。気をつけなきゃいけないの。
そうそう。中型神器船の方に関しては……納入前の試験からなんだよなぁ。
そこを果たして、こちらの運用試験もやって。
だから場合によっては、短縮せねばならんかもと検討していたわけだが。
「ん。じゃあ、あとはオートでよかろ。
『みなさん、お立ちいただいて結構です。お疲れ様でした。
緊急時は座席を出しますので、その時は座るようにしてください。
後の案内は、ビオラ所長よりいたします』」
マニュアル操舵から、オートへ切り替え。
オートと言っても、神職がそのまま制御はするんだけど。
ただ細やかな走行だったり、戦闘だったり、気を遣わなきゃいけないときは、マニュアルを使うように設計した。
先ほどは狭い陸路かつ、着水あり。そして初稼働になるわけで。
あとは難所はない。ビオラ様とギンナで大丈夫だろう。
二人で交代しながら、制御していってもらうことになる。
交代といっても、休息時はそのまま停泊する。
錨はないけど、流されないように停泊させることはできるからね。
ただ操舵してるといくらかはそちらに意識を割かれるので、ずっとはやめたほうがいい。
疲れてはないんだけど、思わず少し伸びをした。
緊張はしてたっぽいなぁ。よくよく考えると、さっき戦闘はしたし。
思った以上に弱かったけど。ただあのまま残ってたら、手強いのが来ただろうな。
次の投稿に続きます。




