6.神器船エルピス。見送り。またシャドウにて迎撃。
――――こんな再会は、望んでいない。だがやろうってんなら、相手してやる。
さて。航行はビオラ様とギンナに任せるんだが。
工場から出て着水までは、ボクが行う。
ストックはサポートだ。
舟正面下部の入り口から入り、少し奥に進んだところにある階段を登る。
明かり自体はついているので、船内は穏やかな照明で照らされている。
そこまで豪華な調度にはしてないが、窓のないお屋敷を想像してほしい。
魔石の壁が魔導で内装を象っており、落ち着いた雰囲気になっている。
この舟は三階層構造で、下層は倉庫用途が主。神器車用の車庫もある。
中層は共用部が多い。船首のところは制御室だ。
上層は居住区画。および、用途の決まっていないスペースが多少。
内部は実は、一辺3mの神器車が多量に詰め込まれているような状態だ。
区画同士の壁は、魔導で透過、通れるようにされている。
区画間には隙間はない。
この状態なので、後から区画間の壁を調整したり、内装を変更したりもできる。
ただただ何もなく、だだっぴろいだけのとことかも、まだ結構あるんだよね……。
これで小型ですって。中型めんどくせぇ。
船尾側に伸びる階段を上がり、中層へ。そこがもう、制御室だ。
室とはいうが、部屋としては区切ってない。出入りが面倒で、壁を消してそのままになっている。
舟として用があるのは、実はここともう一か所だけだったりする。
通常の神器船なら、エネルギー炉を始め、様々な制御機構を置いた部屋があるんだよ。
でもエルピスにそんなもんはない。エネルギー炉すらない。
こいつはガワがすべてで、それで機構が完結している。何なら制御室すら必要がない。
「ここが舟を制御するところ、か……?」
真ん中に、制御端末?らしき台があるだけのところなので、ダン王子が困惑している。
「ええ。気分の問題で、一応設けました」
「気分、だと?」
「何もないと動かしてるメリハリがつかないかなって。
あと、担当変更の切り替えもしづらいので、そういう運用面の課題からつけたんです。
機能上は必要ないですね」
「は?制御室が必要ない?」
「神職が舟のどこかに触れてれば、制御できるので。この床でも問題ありません」
足をとんとんする。
床は一応、絨毯が引かれたような質感と色になってる。ふかふか。
端の方には装飾をつけたりして、ちょっと遊んでる。
植物のつるみたいな装飾が好きで、実はいろんなとこに入れてたりする。
「神器船の常識を覆していますね……」
お。バイロン王子だ。こういうの興味あるのか?
そういや前の時も、クルマには乗らんが、知識はあったな。
「神器船で『常識と思われていたもの』をいくらか取り払いました。
制御結晶は、実は一つに集約する必要はありません。
制御機構そのものも、一か所に集中する必然性はありませんでした。
すべてを分散させ、連結する。代わりに、一人の人間が制御する。
こうすることで、神器船の機構はすべて散らばらせ、どこからでも制御できるようになったのです。
また、全体の99%以上を喪失しても、機構自体は停止せず、動き続けることが可能です」
「「「「は?」」」」
ベルねぇと王子たちが驚いてる。
もちろん、減った分だけ攻撃性能なんかは落ちるんだがね。
動くかどうかで言えば、動く。オーバードライブも撃ちまくれる。
神職と神器車一台分の機構が残っていれば、最後まで。
「ダン王子。旧弊を取り払うとは、こういうものを言うのです」
ストックがめっちゃ得意げで、ダン様はぐむむってしている。
「リィンジア、お前が作ったわけではあるまい?」
「私は責任者ですので、仰る通りです。構造の設計者は、ウィスタリアなので」
「中核となる、工材神器を用意したのがリィンジア様です。
小型化、多彩化、量産化。この辺をリィンジア様が実現しなければ、生まれない舟でした」
「わたくしが材料を用意したら、あなたが最高の調理をしてくれたんでしょうに」
「こんな最高級品出されて不味いもの作ったら、料理人の名は返上でしょう」
少し顔を見合わせ、笑い合う。
お互いがかつて研究していた分野で、それぞれ結果を出せた賜物だ。
なおこっから中型にするにあたっては、ダリアの手をいっぱい借りた。
マリー、ミスティ、メリアにもたくさん実験に付き合ってもらった。
ベルねぇやギンナにも手配等でお手伝いいただいてる。もちろん、ここからも頼らせてもらうんだが。
これはボクらでつくった舟といって、差し支えない。
「部屋割は一応してありますので、案内は後ほど。
説明もその時に。まずは出港しましょうか」
ボクは制御台の近くまで歩いて行って、片足をとんとんした。
床が一部消える。下の空間にある、座席に滑り込む。
座ると、ハンドルとシフトレバー、アクセルとブレーキのペダルが近くまで来た。
制御室のすぐ下に、操舵室を作ってある。
神器車の操縦機構で、舟をマニュアル操作するための部屋だ。
隣の座席に、ストックが降りて来た。
「ストック。座席とご案内。スクリーンも出しといてあげて」
「わかった」
ストックが制御盤を出し、制御室にシートを出して行く。
内装は神器車と同じで、自由が効く。動的に変更も可能だ。魔石は便利な素材だよなほんと。
こっちは計器陣を出して、出港前のチェックだ。
スクリーンが有効になった。ボクからは自由に外が見えるようになっている。
ちらりと右方向を見ると……工場内の離れたところに、カワーク社のみなさんが見える。
おっちゃんたち。その奥方たち。子どもたちも。
ふふ。少し感慨深いな。
特に、カワさんの隣にいる娘のコワクは、印象深い。結構現場に出入りしてて。
大人に混じって作業したりもしてたんだよね……子どもに何させてんだよと思ったものだが。
思ったよりいい腕で、勘所や危ないところもわかってて。
こう、英才教育された感のある子だった。
ひょっとすると、魔道具科あたりで学園に入るかもなぁ。
「よし、いけるな」
ストックの声が隣からした。
確かに、工場のシャッターも全開だ。
この車体でもばっちり出ることができる。
『みなさん、お近くの座席に座ってください。座られたら、こちらでベルトを締めます。
座れば周囲の様子はご覧いただけますので、一度ご確認を』
ストックの案内音声が、艦内に響く。
……ん。荷物コンテナや、搭載神器車の固定もOKだな。
さっきホイさんが乗せてくれた、スパイダーボックス車だ。
あれも今度名前つけようかなぁ。
「搭乗者の安全確認、OKだ」
「よし。では行こうか」
ペダルに足を乗せる。
マニュアル操作モードなので、こうするとやっと魔力流が発生する。
ハンドルを右手で握り、シフトレバーに左手を置く。
ゆっくりとアクセルを踏もうとして……ストックが見ていることに気づいた。
ん、そうか。いかんいかん。こういうのはちゃんとやらないとね。
ハンドルを離し、右手で計器陣の中から、魔導を起動。
『神器船エルピス。出港する』
次の投稿に続きます。




