3.王国南東領ニキスより、南方領ファイアへ。再会。
――――なぜだ、なぜここにいる。理由を言え。説明しろ。
あれからしばらく。
カーボンの街に滞在していたわけだが……思うよりずっと早く、迎えが来た。
だいぶ春らしくなってきたという頃に、ファイア大公夫人その人がやってきたんだ。
で、早々に領どころかそのお屋敷に連れてこられてしまった。
領都ファイアは非常に広く大きく、その中央にある屋敷もでけぇわ。
棟が……三つくらいあるのかな?たぶんだけど。こっからは少なくとも、二つ見える。
あとなんか鍛冶場?というか工場?みたいなのもあるみたい……。
確か、鍛冶大公って異名をとる方なんだっけ。
敷地内には厩舎も馬車置き場も駐車場まであって、ただのお屋敷というより、小さな街感があるなぁ。
カーボンの街からここ、ファイア領の領都ファイアまでは、ボクはサンライトビリオンに乗ってきた。
他の方は馬車だ。なので馬車に合わせて、ゆっくり運転だった。
そして、ボクは案内された駐車スペースに、サンライトビリオンを停めた。
いかん、顔がにやける。
一度手放すことになるかと思ったから、愛着が湧いてしまった。
いろいろあって、ボクのクルマとして契約が結ばれたんだよね。ほくほく。
どうもクルマの要求する結晶出力が大きいらしくって、動かせる人がカーボンにいなかったのが、原因なんだけど。
見た目は普通の神器車なのにね。不思議なやつだ。
…………まさか本物じゃあるまいな。
セキュリティロックを掛ける前に、運転席後ろの座席下を開けて、カバンを取り出す。
大きい布のカバンだ。買っていただいた服とかが入ってる。
しばらくお世話になるらしいので、持ってきた。カバンはそばにいた使用人の方に預ける。
しかしエリアル様についても、びっくりだわ。
大公・大公夫人とはちょっとした知り合いかと思ったら、どうもそうじゃないみたい。
ご学友の上、卒業の折に雇用の誘いを断って、聖国に戻って結婚したとかなんとか。
……この方、実は偉い人ではなかろうか。
「ウィスタリア」
「はい」
そのエリアル様に呼ばれた。
おっと、あれはもしや大公様ではなかろうか。わざわざ出迎えに来てくださったのか?
もはや、エリアル様ただの侍従説はないな。あり得ん。
クルマにセキュリティロックをかける。
魔力流の車体が消え、神器車はただの砂色の石材に戻った。
走らず、急いで近寄る。
大公様と、大公夫人。
コーカス・ファイア様。緑がかった黒髪、青目の偉丈夫。長く真っ直ぐな髪が特徴的。妙に色気がある御仁だ。
ケイト・ファイア様。髪はコーカス様と同じ。目は黒目。淑やかで、武人というわけではないんだけど、何か職人肌な印象を受ける。
なお、ファイアっつーのは今更だが火の意味じゃなくて、サファイアのもじりだったはずだ。
精霊ウンディーネと契約する家だからね。
おや、お嬢様までいらっしゃるようだ。
それもふた……り??
フィリねぇの横に並んで立って、その子を改めて見て、ボクは完全に固まった。
向こうも……そのようだ。
いやむしろ、なぜ固まった。どういうことだ。そういうことか?
ボクは心の中で息を深く吸った。
ストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオック!!!!
なぜ君までここにいる!!??
……声と顔には出なかったはずだ。がんばって我慢した。
向こうも表情が硬い。似たようなこと考えてるんじゃなかろうか。
「ファイア大公。改めて、娘のフィリアルと……お知らせした、ウィスタリアです。
二人とも。こちらが大公、コーカス・ファイア様よ」
「フィリアルです」
「ウィスタリアです」
フィリねぇは素直に頭を下げてる。
ボクはせっかくなので礼をとった。一応今はスカートなので、裾を軽くつまんで、足を引いて、丁寧に頭を下げる。
……目の前に教えてくれたやつがいるんなら、やらんわけにもいかん。
「……よく似ているな」
「私もそう思います」
……フィリねぇじゃなくて、ボクの方を見てそれ言うのかよ。
事情をよくご存知のようで。
エリアル様がその上で頼るんだから、この方は味方なんだろうな。
「こちらは娘のキリエと……偶然、当家を訪れていてな。
モンストンのところの、リィンジアだ」
「キリエよ」
「リィンジアです。初めまして」
おう。初めましてなら、ボクを見て固まるんじゃねーよ。
まだお顔ががっちがちやぞ。
そちらは、まぁ後でいいか。
ボクも心の準備ができてないので、置いておくとして。
……面影あるなぁと思ったんだよ。
そうじゃった。キリエはファイア大公んとこの子だったっけ。
ここで再会することになるとは。
お父上と同じ黒緑髪青目のその子は、ボクの……友達だった子の一人、だ。
気が強くて、諦めが非常に悪い。
ボクのことを、最後まで見捨てようとしなかった。
今は、気の強さがにじみ出ている、ちっちゃかわいい大公令嬢に過ぎない。
あの蛇腹の剣を向けられることがないのは、ちょっとほっとする。
なんで王国貴族が、魔法らしい魔法を使わないで、あんな強かったんだろうね?ほんとに。
「なに?」
おっと。直接見ないようにしていないのに、意識を向けていたのを気取られた。
鋭い。
「失礼いたしました。とても……お強そうだなと」
ちょっとだけ考えて、おべっかを使うのではなく、もう素直に思ったことを言うようにした。
なんで体の軸がぶれないの?四歳児だよね??
誰だこんなちっこいこを鍛えさせてる人は。なにしとんねん。
「あなたみどころあるわね!わたしのこぶんにごうに、してあげてもいいわよ!」
思わず、彼女の隣の推定子分一号を見る。
……目を逸らされた。なんだこう、下手かこいつ。
ちょっとはごまかせ、いろいろと。
「はい。よろしくお願い致します。キリエ様」
「よし、ではこぶんども!まずははしるわよ!
つよくなるには、あしこしからきたえる!!」
おい、ほんとに誰か四歳児を鍛えてるやつがいるぞ。
エリアル様の方に目を向けると……ファイア大公夫人の方が少し遠い目をしていた。
ははーん。この方さては、エリアル様のご同類だな?
「ウィスタリア、キリエをお願いできるかしら」
「はい、ケイト様。その……お世話になってきます」
「私たちは話があるから、遠慮なく行ってらっしゃい。フィリアル、お願いね」
エリアル様は、さりげなく我々をフィリねぇに押し付けた。
大丈夫?荷が重くない?
「は……ええ!?私が??」
「フィリアル、あなたはこぶんさんごうよ!」
「私三番目なんですか!?」
「つよいじゅんよ!もんくあるの?」
フィリねぇはボクと、リィンジア様を見てから、キリエ様に向き直った。
悲壮な顔をしている。
「……………………ありません」
「ではものども、いくわよ!かけあし!」
大公様がたに頭を下げ、おとなしくついていく。
ってキリエ様はっや!
慌てて魔素を活性させ、駆けだす。
どうも、屋敷の裏手を目指しているようだ。
構造を見るに、棟が囲ってる中庭みたいなところがあるのかな?
「…………ハイディ」
彼女が隣に並んできた。
……フィリねぇは出遅れている。
「ボクの墓になり損ねたな?ストック」
リィンジア様が、にやりとした。
まったく。貴族令嬢が、そんな悪い顔しちゃだめだろ?
こんなに早いとは思わなかったけど。
会えてうれしいよ、ストック。
次の投稿に続きます。




