5-2.同。~我が拳は対人活殺自在也。只人に敵う者なし~
~~~~くそう、酒盛りもしてやがったか。いいなぁ。
近くまで戻って見ると、ロイドの屋敷は薄く青い膜で覆われていた。
建物の屋根を跳びながら、さらに近づく。
ウンディーネかな……?さすがファイア大公。
コーカス様の爵位かつ家名は『サ』ファイアから来ている。
家の契約精霊は、水の精霊ウンディーネだ。
屋敷の前の通りには、多少の破壊痕。庭は荒れ放題だな。
屋敷自体に被害はなさそうだ。
が……ほんとに襲撃されてたかー。やだなぁ。
ならもう、この先も何かあると考えて動くべきだ。
さっさと片付けよう。
庭に幾人か、妙な恰好の人間が転がってる。
目元から頭までを布で覆ってて、革の鎧?のようなものを着ている。
それが結構……10人くらいは倒されているようだ。
青い魔法の膜の内側、屋敷そばにエリアル様とビオラ様が見える。
エリアル様は人間相手だと殺しちゃうから、ビオラ様は戦力都合上で控えに回ってるのかな?
コーカス様と王子たち、使用人は屋内かね。
となると、今戦っているのはまず、庭で膝をついてるベルねぇ。
彼女の前、15mほどのところには、倒れてる連中と同じ格好の巨漢。人の倍くらいの体積がない?何あれ。
得物は見えないから、素手かな。
でも、ベルねぇが何か苦戦する要素があるんだろうか?
見ただけだと、ちょっとよくわかんねぇな。
で、もう一人は――今ボクの方に飛んできてる、ギンナか。
巨漢に殴られ、吹っ飛んできた。
飛び掛かって受け止め、宙で横に回転しつつ勢いを殺し、ベルねぇの側めがけて着地。
「……ハイディ」
「ケガはないね。どうしちゃったのさ」
ぶん殴られはしたみたいだけど、出血等はなさそうだ。
「殺しちゃいけないと面倒なの」
「さようで」
確かに、王国民が殺しを働くと、精霊すっ飛んでくるしな。
こっちが罰されちゃたまったものではない。
我らは八つだからまだ猶予があるが、もし今殺しをすれば10歳で公契約を結んだ時点でずどん!だ。命はない。
万が一やってしまったら、国の外へ逃げるしかない。もう二度と、王国へは戻れないだろう。
特にギンナは……一定以下の魔力の持ち主を必殺する、という素養を持っているから大変だ。
かなり集中すれば殺さずに済むらしいが、そうなると戦闘力は激減らしい。
相手が魔導師でなく、しかし普通より腕が立つ人間だと、こうして苦戦しやすい。
では選手交代といこう。
ボクもここ三年、鍛えたからね。
かつての未来ほどではないが、ちょっとは戦えるようになった。
ギンナをベルねぇの横に立たせて、巨漢の方に歩いていく。
「ハイディ!危ない!」
ベルねぇの声だ。
直後、ボクの前に大きな質量が落ちて来た。もう一人、いたか。
背中を向けたそいつが振り向きながら、丸太のような腕を振るい――――
ボクはその下を回り踊るようにかいくぐりながら、要所を点いた。
迫る右手首、肘、肩を前後から二回、腰を三点。拳で刺激する。
回り込みつつ下丹田、右脚付け根、膝を叩く。
最後に脇を通り抜けながら、足首を足で踏み抜いた。
そいつは腕を振り回す勢いそのままにバランスを崩し、倒れた。
気は失ってないが、腰を念入りに打ったから、身じろぐこともできないようだ。
「はい、でぃ?」
ベルねぇの呆然とした声が聞こえる。
もう一人の巨漢は、何が起きてるかわかんないような表情だな。
「何が難しいんだこんなの。ただの人間じゃねーか」
「……あなたほど人体構造に詳しくないのよ」
ギンナは呆れた感じだ。そんなもんかね?
「さよけ」
喋りながらそのまま歩いて、気配を穏やかに、もう一人に近づく。
止められもせず、懐に潜り込む。
そうそう、そのちょっと屈んだ構えいい。実にいいよー?
殴りやすくて。
まず両膝、太ももを叩く。膝が崩れる。
正中線に五点、中下の丹田を含め、下から順に点く。巨体がさらに丸く、俯く。
少し伸びあがって顎を正面から叩いて、下を向かせ、額を突き上げた。
下がる。
巨漢が膝をつき、前のめりに倒れ、動かなくなる。
ちょっと痙攣して泡吹いてる。死にはしないはずだが。
やりすぎたかな……?正中線上の、あー……チャクラって言えば伝わるだろうか。
それが全部不調になったから、しばらく得も知れない苦痛に悶えることになる。
体が言うこと効かなくなるんだよね。自分でやったことあるけど、ありゃ大変だった。
ま、友達ぶん殴った奴には、ちょっとはボクも怒るんだ。悪く思うなよ。
……二人とも、立ち上がってこない。魔導師でもなさそうだな。
弱く雷光を流しつつ、勁打で要所の魔素を揺らしてやるだけで良いとは。
魔物や魔導師とは違って、人間相手はいいね。
楽な仕事だ。
「三年前、ドーンで君がやってたことに比べれば、簡単じゃないか」
あの時ギンナは、三桁はいるだろう人間を、一人も殺さずに気絶させ回っていた。
場所は、狭い通路や階段の上だ。
ボクはいまだに真似できんな。
まぁでも、ちょっと鍛えた甲斐あって、ボクも相応の成長を遂げた。
紫の瞳――脳の魔素制御と呪法の組み合わせで、人の魔素の要衝がわかるようになった。
前の時間では、かなり本気で大量の魔素を使わないとわからなかったんだけどね。
一応それも使えるようにはなったが……ちょっと使い勝手が悪い。
あっちは消耗が激しいからな。おまけに、最接近距離じゃないといけない。
「あれは魔導師。私はそっちの方が得意よ。知ってるでしょ?」
「そういやそうだった。魔力や魔素の流れがわかるんだっけ?」
「他の人がわからないのが不思議なのよね」
「しかも魔導師相手なら必倒だったか」
「魔力少ないと、殺しちゃうのよね……」
魔導師だとちょうどよく倒せるって、言ってたっけ。
ただ、魔力少ない人間は殺してしまうので苦手。
魔力がないのに力がある、こういう手合いは、やりづらいらしい。
ボクやストックのような魔力なしも、それに該当する。
なお、魔物に関しては魔素も魔力もないので、その技がまったく効かないそうだ。
それはそれで、遠慮なく倒していた記憶しかないが。
「ベルねぇ。敵の残存は?」
「……ない。もう大丈夫」
ベルねぇは正解を必ずいい当てる。
ないと言った以上、もう敵はいないな。
「ん。エリアル様……は中に行ったか。早いな。
ビオラ様、終わりました」
「鮮やかすぎてキモイ。すごい引く」
そんなに全力で引いた顔しなくても。
傷ついちゃうぞ?ボク。
「うっさいわ。なんでサンドマン使わなかったんです?」
契約は切れているものの、ビオラ様はロイド家の人間。
砂の精霊、サンドマンと相性がよく、精霊魔法は得意な方だ。
「ウンディーネの防護を優先してもらったからよ。
相性悪いから、同時召喚すると機嫌を損ねちゃう」
「それはおおごとですね……」
ボクはよく知らないが、精霊には相性があるらしい。
サラマンダーとドライアドとか、ノームとシルフとかは仲が悪い。
対になる属性だともっとまずくて……まぁ複数種を同じとこで使わないほうが無難なんだとか。
そして機嫌を損ねると……召喚拒否もあるらしい。
運が悪いと契約を打ち切られるんだと。魔導師にとっちゃ、一大事だ。
よく見ると、周囲の別の屋敷にも水の防護がかかってる。
周辺被害を考慮したら、そりゃサンドマンよりこっちが優先か。
次の投稿に続きます。




