5.船舶工場カワーク社より。襲撃者は撃退し、出港。
――――敵は近い。ならば……舟を出そう。
賊の制圧は、速やかに済んだ。
しかし、気になる。
工場を占拠していたのは、言っちゃなんだがただの人間だった。刃物で武装はしてたが。
帝国人、だと思う。王国まで来れたのなら、普通に働きゃいいのに。
あるいは、これも組織的な何らかの工作活動、か。飽きんね、あの国も。
ボクが気になっているのは、こいつらがいわゆる、モザイク兵ではなかったということ。
事件再現で『役』を負わされた人たちは、顔がモザイクで判別できなくなる。
気絶すると、そのモザイクは晴れ、正気を取り戻す。
そして……そうなっていた者には多くの魔導師が混ざっていた。
魔導師はただの人間じゃない、敵に一人いるだけでも非常に危険だ。
だが襲撃者には、魔導師は一人もいなかった。
楽はできたが……こう、戦力を温存されているような、そんな感がある。
工場の人たちは縛られてはいたが、深刻なケガはなし。殴られてたりはしてたけど。
敵は全員倒した上で、おっちゃんたちに手伝ってもらって縛り上げた。
今は工場の隅にまとめて転がしてある。
うーん。大した手間ではなかったが……やっぱりやな感じだ。
これは気になるところはきちんと動いて、見て回ったほうがいいな。
工場長のおっちゃんをつかまえて、声をかける。
社長なんだけど……なぜか工場長と呼べって言われるんだよな。
「カワさん、ここ任せたいんだ。
その上で、すぐ舟を出せるようにしてほしい。
人数が増えて総計8人。ドーンまで行くから、その物資も積んで」
「急だなおい。満載の半分だから、あるにはあるが」
「上出来。最低でも今日中。下手したらすぐの出港になる。
事情はたぶん、話せない」
「しょうがねぇな。ホイ、お前の班でとりかかれ!」
「わかりやした。急ぐぞお前ら!」
「「「へい!」」」
半分ほどの人が作業にかかってくれた。
工場中央の神器船に向かったり、物資を取りに行ったりしている。
残りは監視というわけだ。
捕まえたやつらと、工場の周囲を見てくれている。
「そういえば、みんなどうして今日はここに?」
「明日出港だから、見納めと思ってここで酒盛りをな」
ああ、通りで。
隅に酒瓶が転がってたり、赤ら顔の人がいるのはそのせいかよ。
いいなぁちくしょう。
「七年後だったら一緒に飲んだのになぁ」
「その頃になったら、また新しい舟を発注してくれや」
「エルピスに勝る新型をまた作れと?
めっちゃ変態じみたやつにするぞ??」
「おう、楽しみにしてるぜ」
カワさんが豪快に笑ってる。
この人は面白技術に目がない。
ボクが滅茶苦茶な注文を出すと最初は切れるんだけど、詳細を話すと食いつく。
おかげでとんでもない舟ができてしまった。
中央に鎮座する小型神器船――エルピスを見上げる。
神器船は神器車とは事情が違うので、あまり完全な非稼働にはしない。
今も魔力流が出ていないだけで、出入りとかはできる。
しかしまぁ、自分で設計しておきながら、特異な神器船だ。
小型神器船は、神器車と同じ長方体型か、普通の船のような形が一般的だ。
こいつ――エルピスは、いろいろ事情があってカプセルのような形になってる。
潜水艦みたい、って言えば伝わるだろうか。
正面下部に二か所、上部に二か所、出入り口がついている。
ただ上部――看板はあまりうろつくには向かない形だ。
ボクらのプロジェクトでは当初、建造は中型のみの予定だった。
だが、神器車で総神器機構を試したとき、思ったより大型化が難しいことが発覚した。
それで、先に小型の船を作ろうとなったわけだ。そこから大型化を試みた。
まぁ、こうしてエルピスを作った理由は、もう一つあるんだけどね。
この舟は……ボクの知る、最強の神器使いに贈るものだ。
お。改めて開けた工場入り口に、サンライトビリオンが来た。
ストックが降りてくる。
「ストック、通報は?」
「した。直、国防が来るはずだ」
国防省の事務所は、西よりだが……まぁそう遠くはない。
魔導師だし、すぐ来るだろう。
……だが。気になる。
「このまま待つか?」
「遅滞戦術……」
「は?」
意思を、感じる。
こう、明確に。邪魔をされている、ような。
「あいつらはモザイク兵じゃなかった。
詳細は分からんが、これはただの陽動と考えるべきだ」
「本命は屋敷か?」
どうだろう……全体の遅延を考えるなら、その先、だ。
屋敷にも戦力派遣している可能性は高いが、本命はもっと後じゃないかな。
まぁこの話は、ひとまず場を収めて、彼らにシャドウを脱出してもらってから考えたいところだ。
「屋敷すら陽動というのもあり得る。
とにかく、ボクじゃさすがに、国防の人に顔が通らない。
事情を伝えて、できれば屋敷にも人を回してほしいんだけど、頼める?」
「……そうだな。急行するならお前が適任か」
「場合によっては、すぐ舟に乗って出ないといけない。
ここの指揮もお願い。カワさんも、頼みます」
「「任せろ」」
袖口を咥え、再び雷光を――
「ハイディ」
ストックが、見ている。
彼女の見ている前で、ボクの瞳が赤へ、そして紫へ変わっていく。
「行ってらっしゃい」
……何か、新鮮な感じだ。
「行ってきます。ストック」
次の投稿に続きます。




