1-2.同。~朝のお仕事~
~~~~耳をはむるのは、レギュレーション違反だぞストック。
「おはようございます、リィンジア様」
「おはよう、ニーナ。手の荒れは引いたようですね」
「はい、いただいたクリームのおかげです!」
「おはようございます、リィンジア様」
「おはよう、サーシャ。よく眠れていますね。お顔がすっきりしています」
「ええ、御香が効きまして、ぐっすりと」
朝、ストックと一緒に部屋で待っていると、侍従の方たちがやってきて、こんなやり取りが始まる。
ストックはここでは『リィンジア様』なので、お世話はボクの役目ではない。
なお、ボクはいつも通り、そのストックの手ですでにばっちり整えられている。
作業机でまとめた資料をチェックしつつ、彼女たちの声をぼんやり聞き流している。
ボクは「リィンジア様が直々に面倒を見ている客分」扱いなので、言っちゃなんだがほっとかれることが多い。
別にボクは貴族ではないので、普段は使用人の方ともお話することもあるんだが、こういう時間は別だ。
これは彼女たちの大事な仕事。
特に今日は、さっと整えた後でひたすら身綺麗にされることになるだろう。
ボクはその間は暇なので、雑事を済ませておくことにしている。
今更だが、彼女の名はストック。ボクの大事な人だ。
ゲームでの役もあり、そちらは『悪役令嬢リィンジア』にして『クレードル帝国タトル公爵令嬢リィンジア・ロイド』。
しかし現実での身分は『エングレイブ王国モンストン侯爵令嬢リィンジア・ロイド』である。
ゲームではどういう経緯か不明だが、帝国貴族令嬢だった。だが生まれは王国だ。
現実では……前の時間で彼女は、タトル公爵に浚われて、その養女にされていた。
学園に来た頃には、公爵ぶっ殺して自身が爵位を得ていたけど。
今はその未来は、ない。当のタトル公爵が無くなったからだ。
偽物が成り代わっていたことが明らかになり、親族もいないため家ごと断絶。
領は王国にほど近いこともあり、やらかしたわびに王国に接収される……らしい。
ボクは詳しくは聞いていない。
その辺はロイド家の人たちにお任せだ。
<ストック>という名は、前の時間、彼女が学園に通う裏で所属していた組織での名。
行き場のない人たちを集め、新天地を目指した武装組織ラリーアラウンド。
おそらくだが――そこにいた人たちも、接収されたタトル領にいるんではなかろうか。
あまりお話は聞いてないから、勘だけどね。
別に世話を焼く気はないとは言っていたけど。
彼女が、あの組織の人たちに未練があるのは……明白だ。
正直、ちょっと妬ける。けどそれは、お互い様だ。
彼女の宿業が、ラリーアラウンドの人たちであるとみられるように。
ボクの宿業は、クレッセントの六人の友が由来だ。
ベルねぇ、ギンナ、ミスティ、メリア、マリー、ダリアの六人。
フィリアル――フィリねぇは、前の時も小さな頃からの付き合いだ。
生まれてすぐに聖国に浚われたボクを、あの国から連れ出してくれたエリアル様の、娘。
今はベルを名乗り、王国南方領ファイア大公家で侍従見習いをしている。
彼女が仕えているのが、キリエ・ファイア。
今はギンナを名乗っている大公令嬢は、ボクの知る限り最強の戦士だ。
精霊魔法使いのはずなんだけど、魔法は見たことないんだよな?素手と謎の蛇腹剣が得物だ。
二人は今も大公領にいて、鍛錬の日々を送っているはずだ。
ベルねぇは正語りという、正解を必ず当てるという特殊能力の持ち主だけど……あんま強くはないんだよね。
近々、ギンナのきっついトレーニングの成果が聞けるかしら。
ミスティはコンクパール公爵家の令嬢にして、冒険家。本名はクレア。
魔導戦闘能力だと、たぶん一番高い。そして人探しの名人だ。また、確かな戦略眼を持っている。
この辺が役に立つのか、ストックの母、ヴァイオレット様によく使われているようだ。
メリアは元帝国第三皇女カレン・クレードル。現在はストックの姉、メリア・ロイドだ。
正式に王国に帰化して、ロイド家に入った。砂の精霊サンドマンの王と契約してるし、この子が次のモンストン侯爵じゃないか?
謎の頑強さを持ち、現在はヴァイオレット様の元で武術の特訓中。
二人は王国西方魔境の聖域ドーンで、今も働いている。
詳細は省くが、永い時を経て再会した仲で……いろいろあって、ようやく毎日一緒にいられるようになっている。
よくよく考えると、15くらい歳の差があるんだけど。まぁ今更だな。野暮は言うまい。
マリーは聖国の『予言の子にして勇者』メアリー。
使命を受けて聖国から旅に出ているが、それは表向き。実際には所属派閥が壊滅し、追放された身だ。
神器に謎の強適性を持っていたり、由来不明の未知を知る力『予言』を使えたりする。
そのマリーと一緒に今も連邦にいるのが、『魔女姫サレス』ことダリア。
イスターン連邦ミクレス国、アーサー氏族の姫だ。
魔導を得手としているが、実は戦闘能力はそう高くない。研究者寄りなんだよね。
彼女たちには、例の研究所の件でだいぶ世話になっている。
ちょくちょくあってはいるんだけど、都合があって彼女たちは連邦にいることが多い。
ちょっと誕生日は祝ってあげられないな。今度集まるから、その時に祝杯でも挙げよう。
次の投稿に続きます。




