1.聖暦1086年6の月3の日。王国西の聖域。続き。
――――三年目のハッピーバースデーは、装いと共に。
彼女が、ボクのしている赤い腕輪を回す。
「……ありがとう、ストック」
「ああ。ハイディも」
たぶんボクの息はちょっと熱いし、目も潤んでるだろう。
目の前のストックが、そうであるように。
この子、この状態なのにこっから突っ込んでこないんだよな……。
ボクはそれがたまらないんだけど。
ボクの名はハイディ。本名はウィスタリアだけど……ハイディと名乗っている。
ウィスタリアは、乙女ゲー『揺り籠から墓場まで』の主人公、らしい。
ちょっと違うがボクのことは、『ウィスタリア』役をしていた<ハイディ>、と理解してほしい。
ウィスタリアは15からエングレイブ王立魔導学園に通い、6人の男性と交流する。
彼らと互いに好意をもったり、その悩みを解決したり、学園生活を謳歌する。
そうこうするうちに、王国は飢饉と革命で滅ぶ。
ウィスタリアはその後に闇堕ちし、世界に反旗を翻す。
最後は友達の一人と戦い、悪役令嬢に討ち取られ、亡くなるという。
ボク自身も一度それに近い人生を歩み、その悪役令嬢リィンジアと共に人生を終えた。
だが納得いかなかったボクらは、18年ほど人生を遡り、やり直している。
もちろん、もう『ウィスタリア』役は廃業済みだ。ちょっと未来を変えすぎちゃった。
戻った後、『リィンジア』役のストックと出会って、ボクらは王国の西へ旅に出た。
途中魔物を倒したり、やり直し前に殺めてしまったボクの六人の友達に再会したり、いろいろあった。
最終的に、前の時間では滅びの運命をたどっていた都市・聖域ドーンを守り抜くことに成功した。
その時の縁や功績やなんやかんやがあって、ボクとストックは研究所を持たせていただくことになった。
というか、研究所自体を建てさせていただくことになった。
その時から、三年。ボクらは今日で八歳になった。
そして五歳から続けている誕生日プレゼントは、今年で三回目。
録音する魔道具の腕輪をつけ、互いの耳元で大事な言葉をささやき、保存する。
五歳のときは、その場限りのつもりだったんだけどね……。
お互い成長するし、毎年新しい腕輪を用意することにしたんだよ。
おかげで誕生日が近づくと……二人してソワソワするようになった。
暗黙の了解として、一年のうちでこの一言だけ、ボクらは思いの丈をそのまま言葉にする。
録音するので、聞くのはいつでもできるが……言えるのは一つだけ。
何を言ったかは二人だけの秘密なので、内緒。
ストックは今年もちょっと、お辛そうだ。あと七年、耐えられるのかな?
もちろん、耐えられなくてもボクはいいんだけど……でも、叶うことなら。
ボクのすべてを君のものにする日は、7年後の今日であってほしい。
「今年も……寝られないかな」
「一日くらい徹夜してもよかろう。若いうちの特権だ」
「まだ年齢一桁なんだから、普通おねむで持たないと思うんだけどね」
「ハイディはその気になれば、三日はいけるだろう?私は二日しかもたんが」
「いや、七日いける。今はもっとかもね」
魔素……世界に満ち満ちているその粒子を制御する技を、ボクもストックも学んでいる。
ボクは特に、禁断と言われる脳内の魔素制御を得意としている。
ストックもこれを鍛錬しているが、どうも結構難しいらしい。
ボクはするっとできたんだけどな?
こう、自分を客観的というか、外から見る感覚が難しいんだとか。
制御部そのものを操作する感じだから、内側からの感覚だと成立しないんだよね。
で、これを使うと精神的な疲労や、眠気は回復できる。
先のゲームの配信されているらしい、地球とやらでなら……この技術は垂涎の的だろうな。
なお、こちらでは魔導を使えばできなくもない。ボクらは魔力がないからできないけど。
「…………さすがに体が心配だが」
「やらないから大丈夫だよ。
君と一緒に眠りにつく時間だって、とても幸せだからね。
寝るともったいないときもあるけど、寝ている方が幸福な時だってある」
「今日はもったいない日か」
「うん。なにしよっか」
ボクが言うと、ストックは少しにやりとしてから……真面目な顔をした。
ま、そうだよな。今は忙しくもないし、やるなら息抜きじゃなくて、仕事だ。
「もう少し、詰めておくか?」
「そだねぇ。現地行ってからバタバタしたくないし。
予定は緩めだけど、道中のトラブルは予測がつかないからねぇ」
「ならテストシーケンスの短縮を検討してみるか?
もちろん、イニシャルでそうするだけで、ランニング中に別途評価を挟むことになるが」
「航行の予定は流動的だからね。それでもいいか。
ちゃんとやるように、優先度高めでマイルストーンを置かないといけないけど」
「そこの管理くらいは上司に投げても良いんじゃないか?」
「そうだね。最初はどのみち、航行スケジュールは緩めだし。
実績出るまでは折衝も進みが遅くて暇だから、手伝ってもらおうか」
「じゃあ出発前にレクチャーしておこうか。
合流は向こうでだろう?」
「そだよ。ではこの時間は、万が一のための短縮テストのスクリプト作成と」
「上司殿への、説明資料の作成か。分担は難しいな」
「いいさ。朝までにだらだらやろうよ」
「そうするか」
ストックに手を引かれ、ベッドを出た。
さて、楽しい夜更かしの始まりだ。
次の投稿に続きます。




