0.聖暦1101年、東方魔境、神器船クレッセント。終わりにして始まり。【XXX視点】
――――汚い墓標だった。墓選びを間違えたな。
中型神器船の甲板に当たる部分は、その船の作りによって扱いが異なる。
このクレッセントでは、上部は小さな町のようになっていた。
外壁そばの一角に物見やぐらのような塔が建っており……ある種の艦橋を兼ねているのだろうか。
塔とはいっても、そこまで遠くが見えるわけではない。
こうして西の彼方を見ても、さすがに半島の地獄絵図までは目が届かない。
しかし、彼女が鮮やかに為した成果は、まだこの目に焼き付いている。
実に見事だった。我が姉ながら、恐ろしい女だ。
誰にも気づかれず、あれだけのことをたった一人で為そうとは。
彼女の仕業だと知ったのは、この船の記録を見たからだ。
クレッセントは、どうやってか半島のことを割と把握しているようだった。
クレードル半島に起きた水脈の異常は追って調査されており、姉上が関係していることが突き止められていた。
その記録を、部外者が簡単にみられる杜撰さは、さすがにどうかと思うが。
しかもどうもそれで慌てて、かなりの戦力を派遣したらしい。
今更行ってもどうにもならんとは思うんだがな?
まぁおかげでこちらは助かった。少々拍子抜けしたくらいだ。
事前の調査では、彼女とよく行動を共にしていたらしい、高度戦力がいるはずだったのだが。
全員が留守だそうだ。私は運がいいな。
……そう。私自身はいつだって、幸運に恵まれている。
それが大事な人にまで、及んでくれないだけだ。
『概ね済んだぞ』
塔を登ってきたのは……黒い人型の結晶。
8年ほど前、追い詰められた先に偶然あった、魔結晶の塊。
何の因果かそいつが突然動き出し――私に迫った刺客を、倒してくれた。
以来、つるんでいる。相棒というか、共犯というか。そういう関係だ。
「御苦労。あとは私が片を付ける」
『ではお暇するとしようか』
「行く当てがあるのか?」
『あるわけがない』
「そうか。達者でな」
そうだ。
我々にはもう、行く当てなど、ない。
「ふふ。こんな人生の敗北者に、よく長く付き合ってくれたものだな」
『幸運であったことを、敗北などと呼ぶな。
それは不運であった我らの大事な方に――』
「そうだな。失言だった。忘れてくれ」
私は、私を救ってくれた大事な人を、助けられなかった。
彼女はこの腕の中で、息絶えた。
こいつの場合は……石になり、動けぬ間に想い人が亡くなった。
彼女たちを奪った謀略の主たちは、これで滅ぶ。
しかし。
「お前はせいせいしたか?」
『とても。後悔は拭えぬが、気は楽になった。
お前はどうだ』
「私はもうひと仕事だ。
だが、悪い気分ではない」
『そうか。ではどうか――』
「ああ、どうか」
「『良い終わりを』」
あいつは、定期的に私がオーバードライブをかけないと、また動けなくなる。
行くということは……そうなる前に、自ら終わりを迎えるということだろう。
この点は、私も似たようなものだ。
結晶化の進みが、首まで来た。
ここまでくると、進行が加速する。
黒い結晶が、外壁から飛び立った。
当然この程度では死ねない。どこか、死に場所を探すのだろう。
ああ――――よかった。
彼女のいなくなったこの世界で、せめて望む終わりを迎えることができて。
復讐は成った。
相棒も満足して逝けるようだ。
唯一の心残りは……彼女に、妹だとちゃんと名乗れなかったことか?
結局、言いそびれたままだ。この点だけ、申し訳がない。
「なぜ、なぜこんなことをした!」
汚い何かが現れた。
煤だらけで、傷だらけの、若い男。
燃える船の中、よくここまで登ってこれたものだ。
しかしあいつ、サービスがいいな。
こいつを残してくれるとは。
「貴様が憎くて仕方がないからだが?」
「ッ!?」
「何だその顔は。どんな理由があろうとも――」
私の目が、碧眼となり。
髪が、黄金に染まる。
「私から大事なものを奪って、許されると思うなよ?」
「はっ、王国をどうこうしたのは、我々ではないぞ!?」
「は?」
ああ、そう思われたのか。
いや……今の反応で確信したぞ?
そちらにも、手を出したな?
王国ではなく、王家をどうこうしたのだろう?
見くびられたものだ。
「くく……ははははははははははははは!!
そんな安い女だと思われては、たまらんな!!」
「な、どういう……」
まぁそれはいいさ。
だが、私が何を為そうとしているかも、わからないのか?
私が彼女とともにいたところは、貴様もよく目にしていたはずだ。
その上で。
二人、同じ状況に追い込み、貴様が謀殺しようとしたというのに。
次投稿をもって、本話は完了です。




