A-2.同。~卵宇宙、開闢~
~~~~宰相は少々軽んじられる。だからこそ、力ある家が輩出してる、とも言えるね。
当主でもないのに、ストックが勧める。
何せ今日の料理はすべて――――
「もしかして、リィンジアの作かい?」
「はい。お父さま」
「リィンジア。令嬢がこのような……」
「……どうぞ?」
また思わず手を挙げてしまった。
キース様に促していただいたので、口を開く。
「お二人は、リィンジア様の料理を口にされたことがないご様子。
ならば召し上がればお分かりになるでしょう。
このもてなしは、リィンジア様自らが振るわなければ、できません」
アスロット様がキース様を見て。
二人、スプーンを持って、スープから口をつけた。
「これは……」
「……何のスープなんだい?リィンジア」
「ただの野菜スープ、ですね。王国の野菜をふんだんに使ってあります」
目に見える具材は何も残っていないが。ただの、とは。
「ベースは芋ですね。黄土根のポタージュです。
色合いは、豆を混ぜているので出ています」
芋と豆の緑のポタージュ、には見えない。
エメラルドグリーンの、透き通った液体である。
「ポタージュはこうはならないでしょう、リィンジア」
「メリア姉さま。丁寧に濾せば、難しくはありません」
濾せばいいってもんじゃない。絶対違う。
「代わりを用意してありますので、御申しつけください。
食事の礼からは少し離れますが――王国民の矜持として。
持て成す相手のおなかを、満たさぬわけにはいきません」
あっという間にスープを飲んでしまったお二人に、ストックが告げる。
すぐないなっちゃうのよね。ストックの作るもの。
とてもおいしい。複雑なのに、邪魔するものがほとんどない。
味わい深いのだけど、口の中からいつの間にかいなくなっていて、次を食べたくなる。
「他のものも、どうぞ味わってくださいませ」
会食が穏やかに進む。
お二人ともお気に召したようで、よく食べておられるようだ。
たまに言葉を交わしているが、食事の話題が中心だ。いいね。
ボク?もちろんかなりいただいてる。というかこれ、ボク好みの奴ばっかりだよ……。
ご家族への紹介の席で、ボクの好きな料理ばっかり出すとか。
どういう高度な惚気だねストック。
ほどほど食べたところで、一部皿が下げられた。
目の前が大きめに開けられて……追加の皿が出てくる。
何だ?ボク聞いてないやつだぞ?
なんだろうこの黄色いの。新しい皿に、黄色い半球……楕円染みた何かが。
見たことはな…………
瞬間、ボクの脳裏に電撃が走る。まさか、これは!?
思わず震える指でそれを示しそうになる。
自重しろボク。まだ慌てるのは早い。
「おや?ハイディ。たまごは苦手ですか?」
違うのメリア。そうじゃないの。
ボクが真っ青な顔してるから聞いてくれたんだろうけどね??
違うのよ?ちがうの。
これがね?丸羽鳥のたまごにみえるの。それも何個も使ってるやつ。
「いえ…………はじめてみるので。これはまさか」
ストックの方にそっと顔を向けると、満面の笑みだった。
そしてボクにそっと言った。
「共和国では食べられなかったと、聞いた覚えがあったからな?
せっかくだから私が自ら輸送し、作ってみた」
くあーーー!
静まれ、ボクの中の怪鳥!!!
「こここここここここ……」
「……羽鳥の真似か?ハイディ」
怪鳥ちょっと出ちゃった!
ちがうの!そうだけどそうじゃないの!
のうがおいつかねぇ!
「これは!伝説の!丸羽鳥卵のお、オム!オムレツ!!」
「ほー。卵を何個も使うという。贅沢ですねリィンジア」
「ハイディは卵が好きだというのですが、王国ではなかなか手に入らなくて。
ファイア領が地産地消している以外では、あとは王都だけ。
少々大公領に御用事がありましたので、仕入れてまいりました」
魔物肉は高級品だが、加工燻製が祝いの席などに出たりもする。
だから食べたこと自体は一応はあった。
ほかの高級食材なんかも、こないだの旅路で思ったより口にした。
でもね。
卵はまずそもそも輸送できないんだわ。地産地消ならいいけど。
この国では畜産は盛んではないので、すっごい貴重なんだわ。
魔法を使えば何とかなるかもね?でもそれ庶民の食卓にあがるわけないっしょ。
ちなみにファイア領では畜産しているわけだが、鍛冶の都である領都ではやってない。
なので以前の滞在の折も、口にする機会がなかった。
乳製品も同様に貴重だけど、あっちはまだ運べる。高級品だけど、流通がある。
それを遥かに上回るあのた、たまご……卵を。これいくつ使ってるんだ?
確かそんなに大きくないだろ?二個?三個?
「今日のは卵を五個使ったオムレツ。
味付けは柔らかいものにし、卵を味わいやすくしております。
――――どうぞ」
「ご!?」
わからない。なぜそんなぜいたくしちゃうの?
五個もつかってるの?
それがこんなにしっとりかたまるの??
皿が皆にいきわたり、幾人か食べ始め、感嘆の声を上げている。
もうこの時点で、ボクの手は震えている。
隣で食べだすメリア。
というか赤実ソース!オムレツにかけちゃうの!?いいの??
「ん。たまごが濃い……しかし酸味と合わせるとたまりませんね」
「私は甘めにしたほうが好みだが、こういうのも悪くない」
メリアとキース様が前に食べたことあるような会話してるぅ。
きぞくってすごい。
思わずのどがなる。
手の震えを懸命に抑えながら……スプーンを、もって。
ああくずれそうなのに、さっくり切れてやわらかい。
濃厚な香りが広がる。
とろっと卵液がたれて、もったいないぃ……。
すくって。ひと、くち。
「…………………」
がんばれ!がんばれボクのぜんさいぼう!
しゅくじょ!ここで淑女力崩しちゃだめだから!
あああああああああああああああああああ!
食べよう!
ペースを!崩さずに!一定の!間隔で!集中して!
あじ!しあわせなあじが!ひろがっちゃうから!
濃い!とろっとしたのが!たまらん!うまい!
次の投稿に続きます。




